~3.11後のわが国の現状と課題の再確認~

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前回のスマートグリッドの費用対効果予測に引き続き、スマートメーター導入の費用対効果に関する報告書を読む機会がありました。
平成22年5月発行された、電力中央研究所報告『スマートメータ導入に関する米国の動向とわが国における便益評価の課題(調査報告:Y09028)』です。
費用対効果そのものではなく便益評価の課題に関する報告であることと、3月11日の大震災+福島原発事故(以降、3.11と略します)以前のわが国の現状に基づいた課題認識になっている点はありますが、ご興味のある方は、電力中央研究所のホームページからダウンロードしてご覧ください。

- で終わっても良いのですが、今回は、この報告書で指摘されている「便益評価の課題」が3.11以降も変わっていないかどうか確認し、もし変わっているとすれば、今後、日本でのスマートメーター導入に際して注意することはないか、考えてみようと思います。

 報告書概要

まず、本報告書を概観すると、前半部分で、米国の電力事情とスマートメーター導入の背景、米国におけるスマートメーター導入の3種類の便益(社会的便益、電力会社の便益および消費者の便益)のまとめ、更に、社会的便益をブレークダウンした4項目(①供給力不足の解消、②供給信頼度・電力品質の向上、③再生可能エネルギー電源とEV/PHEVの普及への対応、④省エネ効果)それぞれについて、米国での現状のまとめと課題検討が行われています。
※この前半部分は、米国の動向が丹念に拾われており非常に勉強になりましたが、今回のブログの流れからは外れますので、それこそ、スマートメーターに関してご興味を持たれている方は、是非報告書をご覧ください。

報告書後半では、わが国でスマートメーターを導入するに当たって、米国でのスマートメーター導入で得られた社会的便益4項目がわが国にとっても当てはまるかどうかが検討され、わが国で導入する場合の現状と課題として、下表のようにまとめられています。
※なお、表中の赤、緑、青の文字色および太字化は、こちらで勝手につけさせていただいています。


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表.1 スマートメーターの社会的便益に関する3.11以前のわが国の現状と課題

 

では、3.11以降の状況の変化を踏まえて、表.1の「わが国の現状・課題」欄を見直してみましょう。

 社会的便益① 供給力不足の解消に関するわが国の現状・課題の見直し

• わが国の現状

表.1では、3.11を予見していたかのように「大規模発電所が長期停止するリスクはゼロではなく」と記載されていますが、正にそういう状況が発生してしまいました。そして、今冬および次年度以降も、このままでは供給力不足が発生する可能性があります。すなわち、定期検査中の調整運転を続けていた北海道電力の泊原発3号機は、8月17日営業運転を再開しましたが、現在定期検査などのために止まっているほかの原発や、今後定期検査に入る現在稼働中の原発が、定期検査自体は終了しても地元の理解が得られる再度営業運転できない可能性が十分考えられるからです。
したがって、表.1では「供給力不足の解消」における「わが国の現状認識」として、「需要調整の必要性は否定できない」という消極的な肯定になっていましたが、3.11以降の現状を踏まえると、「需要調整の必要性が高くなった」と捉えた方が良いと思います。

• 課題

3.11以降の変化として、ブログ「スマートメーター制度検討会報告書について思うこと-その後」の最後に書かせていただいたように、『一般家庭へのスマートメーター(次世代電力計)の導入を急ぎ、5年以内に電力の総需要の8割を同メーターで把握できるようにする』という政府の決定が下されました。これが、今後5年間で原則一般家庭全戸にスマートメーターを設置するということだとすると、表.1では、「供給力不足の解消」の課題として、「DR導入による効果を把握しておらず、今後、実証試験等を通じて明らかにする必要がある」となっていますが、あまり悠長に実証実験に時間を割ける状況にはありません。「DRの詳細を含めて速やかにスマートメーターの仕様を決定し、スムースに導入・運用が行える体制を整える」というのが、3.11以降、現時点での課題ではないでしょうか?

 社会的便益② 供給信頼度・電力品質の向上に関するわが国の現状・課題の見直し

• わが国の現状

表.1では、「配電自動化システムの導入により、高い供給信頼度・電力品質を維持している」とされていますが、これは、出力変動の大きな再生可能エネルギー電源がそれほどたくさん系統に接続されないという大前提あってのこと。電気事業連合会資料「再生可能エネルギーの全量買い取り制度」によると、現在の系統のままでは、太陽光発電の連系可能容量は1000万kW、風力発電は500万kWということです。したがって、政府目標である太陽光発電2800万kWが実現されると出力変動が大きくなることもあり、現在の系統では「高い供給信頼度・電力品質を維持」できないと考えるべきだと思います。
3.11後、ベース電源として原発からの供給力不足が懸念される中、再生可能エネルギーの余剰電力が逆潮流となって系統へ悪影響を与える可能性に焦点を当てるのではなく、大量の再生可能エネルギーが系統連携された場合の「高い供給信頼度・電力品質を維持」に焦点を当てるべきだと思います。

• 課題

報告書は、日本ではすでに配電自動化システムが導入されていて、高い供給信頼度・電力品質を維持できているので、基本的に、「供給信頼度・電力品質の向上」という米国の期待する社会的便益について、日本ではスマートメーターを導入する必要がない。あえてスマートメーターを導入するならば、日本でも低圧停電事故の自動検知が可能となるため早期復旧が期待できる - というスタンスをとっています。ここでは、そうではなくて、政府の再生可能エネルギー導入計画を実現する上で、現在の系統のままでは「現在の供給信頼度・電力品質の維持」は望めない - というスタンスをとっていますので、「政府の再生可能エネルギー大量導入計画を実現させるために、現在の供給信頼度・電力品質を維持する技術開発と制度の整備を早急に行う」のが、3.11後の「供給信頼度・電力品質の維持」に関する課題とみて良いのではないでしょうか?
スマートメーターの導入のみですべてが解決できるとは思われませんが、スマートメーター導入の観点からこの課題をブレークダウンすると、以下が考えられます。
①デマンドレスポンスにより、再生可能エネルギーの出力変動を補完する形のLoad Shapingを実現する(ブログ:デマンドレスポンス-その1参照)
②負荷追従に火力発電よりも応答性が良くCO2を排出しないFast-DR技術を確立して、ADRのアンシラリーサービスへの適用を実現する(ブログ:デマンドレスポンス-その7参照)

 社会的便益③再生可能エネルギー電源とEV/PHEVの普及への対応に関するわが国の現状・課題の見直し

• わが国の現状

大量連系による系統への悪影響という観点から、報告書では、再生可能エネルギー電源の大量導入とEV/PHEVの普及がひとまとめにされていますが、このブログでは、社会的便益②で再生可能エネルギーの大量問題に焦点を合わせましたので、社会的便益③としては、EV/PHEV大量普及の系統への悪影響に焦点を当ててみたいと思います。
矢野経済研究所の調査報告書「東日本大震災における経済復興プロセスと主要産業に与える影響」によると、3.11以降の自動車業界への影響として、EVの普及加速、EV/PHEVを中心とした次世代自動車産業への産業構造変換が予測されており、本格的に普及する前に、系統にストレスを与えないようなEV/PHEV充電(=需要)の調整が必要となります。

• 課題

ただし、日産リーフのCM説明などを聞いていると、今後はEV/PHEVは、いわゆるスマート家電と同じく、系統に余力のある時間帯に充電するような機能が標準装備されそうです。EV用の急速充電スタンドも、太陽光パネルや蓄電池とセットになって系統になるべく影響を与えない充電サービスが実用化されていきそうなので、スマートメーター導入と関連した社会的便益として、EV/PHEVの普及への対応は考えなくても良いのかもしれません。そこで、課題は、表.1の課題に相当する部分「スマートメータを使用しない代替方策を踏まえて、実現方法の検討や便益の評価が必要である」のままとします。

 社会的便益④省エネ効果に関するわが国の現状・課題の見直し

この部分に関しては、3.11以前と以降では何も変化がないので、わが国の現状・課題ともそのままで良いと思われます。

以上、3.11以降のわが国の現状と課題をまとめると、表.2のとおりです。


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表.2 スマートメーターの社会的便益に関する3.11以降のわが国の現状と課題

表.1と比べると、わが国の現状として赤字(米国ではスマートメーター導入促進理由となるが、日本には当てはまらないもの)がなくなりました。

最後に、3.11以降の状況変化を踏まえて、今後、日本でのスマートメーター導入に際して注意することはないか、考えてみました。

 スマートメーター導入に際しての注意点/提案

まず、わかりきったことですが、「スマートメーターの導入を急ぎ、電力の利用状況を同メーターで把握できるようにする」(=いわゆる電力消費の見える化)が実現できても、必ずしも思い通りに需要調整ができるわけではないという点を確認しておきたいと思います。
報告書「3.5節:スマートメーター導入における課題」は、米国におけるスマートメーター導入時の注意点を述べた部分ですが、日本でのスマートメーター導入においても大切だと思います。以下、その内容を再掲しておきます。
① スマートメーターの費用対効果を評価する上で、DR(デマンドレスポンス)なくしては便益を得ることができない
② これまでの実証実験で得られたDRに対する需要家側の反応をまとめると、スマートメーターを導入しても時間帯別料金(TOU)とのセットで運用するだけではあまり大きな効果が期待できない
③ 需要家の反応を持続させるためには、ADR(自動化DRシステム)の適用が望ましい
④ 消費者へのスマートメーター導入教育が大事である

現在、一般家庭の電力料金は基本料金と従量料金から構成され、従量料金部分は、系統の電力供給能力にかかわらず、いつ使っても同一料金です。これを時間帯別料金にしてピーク時間帯の従量単価をあげればある程度効果はあるでしょうが、あまり大した効果が期待できないというのが、上記②のとおり米国での実証実験の結果として得られています。たとえ日本では実証実験の結果、米国より良い結果が得られたとしても、実証実験は実証実験。実運用に入ったら思惑通りの良い結果が得られない。もしくは、当初は実証実験の結果通りの成果が得られたけれども、時間が経つと効果が薄れていった-というのは、良く聞く話です。
上記③にあるように、日本でスマートメーターを導入するにあたっても、「見える化+TOU」だけではなく、何らかの人間が介在しない“需要反応”の仕組みの導入が必要ではないかと思います。

これに関しては、次回、平成23年3月発行された、電力中央研究所報告『米国における家庭用デマンドレスポンス・プログラムの現状と展望 -パイロットプログラムの評価と本格導入における課題-(調査報告:Y10005)』を参照しながら考えてみたいと思います。

終わり