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前回、平成23年3月に発行された電力中央研究所報告『米国における家庭用デマンドレスポンス・プログラムの現状と展望 -パイロットプログラムの評価と本格導入における課題-(調査報告:Y10005)』(以降、報告書と略)をベースに、米国における現在の家庭用デマンドレスポンス(以降、DRと略)の現状を整理しました。
今回は、この、米国での家庭用DRパイロットプログラムから得られた様々な示唆を整理し、実効性の高い日本でのデマンドレスポンス・プログラム(メーターの機能範囲、電力料金メニュー、制度等)の在り方を、以下の手順で考えてみたいと思います。
1)米国では、どのような場合にDR(ピーク需要削減)の効果が出たか
2)DR導入に当たって、従来の予想と違っていたものがあるか
3)今後、実証が必要とされている課題は何か
4)DR導入にあたっての課題は何か
5)(1~4を踏まえた)実効性の高い日本でのDRの在り方の検討
6)まとめ
では、はじめましょう。
1.米国では、どのような場合にDRの効果が出たか
以下に、報告書から得られたものを列挙します。
① 大口需要家の負荷制御(Interruptible Load)の方が、一般家庭よりもピーク需要削減に貢献している
② 一般家庭では、TOU/CPP/RTP/PTRといった料金メニューでのDRより、従来からあるDSM-直接制御(DLC)の方が、ピーク需要削減効果が高い
③ TOUの効果は、CPPなどのダイナミック料金と比べて小さい
④ スマートサーモスタットなどの支援技術を伴う場合の方が、TOUやCPP単体の場合より良い結果が得られている
⑤ スマートサーモスタット等の支援技術は、消費電力の大きな家庭への導入が効果的である
⑥ 冬季は夏季に比べてCPP等の効果が小さいか、効果が認められない
⑦ ピーク需要の削減量の大きい上位30%の需要家で、ピーク需要の削減量全体の80%を占める
⑧ セントラルエアコンを所有している等、消費電力量の大きい需要家の方がDRの効果が出やすい。他方、消費電力量の少ない需要家の方が、年間電気料金削減幅が大きい傾向にある
2.DR導入に当たって、予想と違っていたものはあるか
以下は、報告書の説明の中で、個人的に予想していた内容(あるいは、一般に考えられている内容)と異なっていたものです。
① DR導入に当たって、双方向通信ができるスマートメーターが必ず必要という訳ではない。上り方向のデータ送信用として従来の単方向通信の遠隔検針用のメーターがあれば、下り方向のデータは、個人のインターネットやメール、公共放送など代替手段を使える
② 一般家庭でのピーク削減効果としては、家庭用DRよりも、直接家電機器を電力会社から制御するDLCの方が、ピーク削減効果が格段に大きい
③ 理論的には、CPPの方がRTPよりピーク需要削減効果が大きい
④ PTRでは、CPPに比べて緊急ピーク時に何もしないという選択がなされる可能性が高い
⑤ 低所得者層への考慮から、ダイナミック料金を選択制にしている
⑥ 以下の消費者心理からCPPに賛同を得られない可能性がある
• 消費者は、リスクのある選択をする場合、確率よりも最悪のケースを元に判断する傾向があり、ダイナミック料金での電気代激増を懸念する
• (ピーク時間帯以外の料金が従来より低く設定されることで)長期間にわたって少しずつ得られる報酬よりも、(限られた時間帯で発生する)短期間の大幅な割高料金に目が行ってしまう
• (雪嵐が襲来したときに雪かき用のスコップの値段をつり上げるのと同様)多くの人が必要としている時に価格をあげるのはフェアではないと考える傾向がある
3.今後、実証が必要とされている課題は何か
以下に、報告書から該当するものを列挙します。
① 消費者サイドから考えると、PTRの方がCPPより受け入れられやすそうだが、効果のほどは不明なので、日本で導入する場合も、どの程度の効果が期待できるか検証する必要がある
② 米国では、平均してDR導入によるピーク需要の削減効果は10%~18%となっているが、日本の需要家にも米国の需要家同様の価格に対する反応が見られるかどうか検証する必要がある
③ 米国の多くの家庭用DRパイロットプログラムは2年程度しか行われていないので、DRの効果がそれ以上継続するかどうか検証する必要がある
4.DR導入にあたっての課題は何か
以下に、報告書から該当するものを列挙します。
① 家庭用DRの被験者選定には注意が必要。被験者の家庭が、母集団(日本全国、あるいは、DRを導入する同一地域内の全家庭)からの無作為標本となっていない場合、実証実験で得られた結果をもって、日本(あるいは、DRを導入する地域)におけるDR導入効果と断定できない
② 日本でCPPを適用する場合の課題
• 料金設定はどうあるべきか
• クリティカルピークの時間帯の設定は何時から何時までが適当か
• CPP発動要件(年間発動回数の上限、連続発動日数の制限)の検討
• CPP発動の通知方法の検討
③ 日本でPTRを導入する場合の課題
• 消費量の削減をどのように定義し計測するか
• リベートの原資をどのように確保するか
④ ダイナミック料金の適用を選択制にする場合の課題
• 従来からピーク時間帯の電力使用量が平均より少ない需要家がダイナミック料金を選択した場合、何もしなくても電気料金が軽減され、需要家にはメリットがあるが、電力会社としては収益が減る
• 他方、ピーク時間帯の電力使用量が平均より多い需要家は、ダイナミック料金を選択した場合、何もしない(従来通りに電気を使う)と電気料金負担が増加してしまうので、ダイナミック料金を選択しない可能性がある(その場合、本来の目的であるピーク需要削減効果も期待できない)
• 電力会社は収入源を補うための電気料金値上げが必要になるが、ダイナミック料金を値上げするとDRの拡大が阻害されるし、従来の一律料金の値上げは、一律料金制度にとどまる需要家の反発が予想される
5.実効性の高い日本でのDRの在り方
ここでは、1.~ 4.の結果を踏まえて、実効性の高い日本でのDRの在り方を考えてみます。
ただし、1.~ 4.で見つかった問題点に対して、個別に解決案を提示するのではなく、解決案はまとめて6.「まとめ」に記載することとし、ここでは、6章へのポインターを「⇒提言 x」の形で挿入するにとどめます。
まず、1.の「効果のあったDR」の中で、米国(あるいは、パイロトプログラム実施サイト)固有と思われるものをあげると、以下の通りです。
1.②(DLC):日本では、これに相当する一般家庭向けの直接負荷制御を実証実験以外で実施されている例はないと思います。
1.⑥(冬季のCPP効果):これは、パイロットプログラムを実施した場所にも関係すると思われます。また、日本でDR-CPPを導入する場合、北海道と沖縄ではCPP発動要件がかなり異なるものと思われます。
逆に、1.の②と⑥以外は、日本においても同様の傾向があるものと考えられます。
ブログ「スマートメーター制度検討会報告書について思うこと-その後」でご紹介した、日本政府の「次世代電力計集中整備」の主な対策と1.の項目を比較した場合、以下が確認できます。
「大口の需給調整契約の普及促進」対策は、1.①と整合していますが、
「小口におけるピークカット契約などの展開」対策は、1.③からすると効果のある対策とはいえません。ピークカット契約(TOU料金メニュー)を導入するだけでは、せっかくスマートメーターを導入してもピーク削減効果があまり得られない可能性があり、CPP等ダイナミック料金に基づくDRの導入が必要だと言えます。 ⇒提言1
更に、1.④のような、人間が介在しなくても自動的にピーク削減の対処が行われるような支援技術の同時導入が望まれます。 ⇒提言2
1.②のような電力会社の意向によるDLC(直接制御)は、需要家主体のDRの考え方に反しますが、DR(+支援技術)導入でも期待される効果が上がらなければ、日本でも検討する価値があると思います ⇒提言3
1.③、⑤、⑦、⑧をひとまとめにして考えると、消費電力の大きな需要家のみにスマートメーターと、スマートサーモスタットのような支援技術を導入しダイナミック料金を適用すれば、すべての需要家にスマートメーターを導入し、ピークカット契約(TOU料金)を締結するよりも、システム導入コストが安く、高いピーク需要削減効果が得られる可能性があります。⇒提言4
次に、2.の「予想と違っていた」事実からは次のことが言えるのではないでしょうか。
2.①からは、これまで遠隔検針を実施していなかった大口需要家と需給調整契約を結ぶにあたって、双方向通信ができる最新式のスマートメーターを導入する必要はなく、現在、他の大口需要家の遠隔検針に使用している単方向通信の遠隔検針メーターを使っても良い。⇒提言5
2.②からは、(5.の冒頭の記述と重複しますが)日本でもDLC相当の仕組みの導入が望まれます。 ⇒提言3
2.③、④、⑥に関しては、日本でも何らかの実証実験による検証が必要だと思います。⇒提言6
2.⑤に関してですが、もし基本の電気料金メニューを、従来の一律料金からダイナミック料金に変更しても、日本ではそれほど反対されない気がしますが、少なくとも事前調査が必要です。
3.「事前検証が必要とされている課題」は、文字通り、日本でも事前検証すべきものですが、その際、4.①の条件が担保されていないと、3.①、②の実証実験を行ったとしても、その実験結果を割り引いて評価する必要があります。
⇒提言7
最後に、4.「DR導入に当たっての課題」②、③、④に関してですが、家庭用DRに関連してどのようなダイナミック料金が日本で一番実効性が高いかは、実証実験を実施してみないとわかりません。そこで悩ましいのは、政府の『今後5年以内に総需要の8割にスマートメーターを導入する』という目標です。家庭用DR導入に関しては、5年間のうち、前半をDR導入兼パイロットテスト期間とするのが良いと思います⇒提言8
6.まとめ
以上、1.~ 4.で、電力中央研究所の調査報告書:Y10005の内容を分析・整理し、5.では、実効性の高い日本でのDRの在り方を検討し、その解決の方向性を考えました。
以下では、それらの解決案を提言という形で述べさせていただきます。
提言1:スマートメーター+TOUの導入だけではなく、日本各地の状況にあったダイナミック料金設定とDRの導入を行う(そのための実証実験を行う)
提言2:家庭用DRの実効性を高めるためには、ダイナミック料金の調整だけでなく、何らかの支援技術を組み合わせて導入するべきである
提言3:家庭用DR(+支援技術)を導入しても結果的に期待通りのピーク需要削減効果が見られなかった場合は、DLCの導入も検討する
提言4:投資対効果を考えると、DRの導入は選択制とし、高圧需要家を含めて、消費電力の大きな需要家から順に、スマートサーモスタットのような技術支援を伴うDRの導入を行えば良く、100%のスマートメーター導入を目指さなくても良い
提言5:(当面)遠隔検針できていなかった大口需要家には、最新のスマートメーターではなく、従来と同じ単方向通信の遠隔検針メーターを導入し、大口需要家全体での需給調整契約容量を拡大し、ピーク需要削減可能量を増やす(大口需要家のメーターを急いで双方向通信可能なスマーよメーターに置き換える必要はない)
提言6:日本で実効性の高いDR関連電気料金メニューを見つけるために、様々なCPP、RTP、PTRの料金メニュー設定と、それぞれについて技術支援あり・なしのケースで実証実験を行い、各地域での最適なDR導入形態を見定める
提言7: DR効果測定の実証実験を行うに際して、DR導入地域から無作為抽出した家庭を対象としてDR実証実験を実施するようにする。そうでない場合は、実証実験結果の分析において、実験対象の偏りに留意する
提言8:例えば、全国10の電力会社を、いくつかの異なるダイナミック料金を適用するグループに分け、2011~2013年までをパイロットテスト期間と位置付けて、DR導入効果をモニター/比較評価、2014年から本格的なDRの運用を開始する
最後に、提言2、3に関連したアイデアをご紹介したいと思います。
このアイデアの元となっているのは、Brillionテクノロジーを搭載したスマート家電と、Nucleusと呼ばれる、スマート家電を無線で監視制御する装置、それと双方向通信ができるスマートメーターから構成された、GEが提供するスマートグリッド時代のホームエネルギーマネジメント・システムです。まずはどのようなものか、GEのビデオをご覧ください。
[iframe http://www.youtube.com/embed/bAIFaRbAtZA 432 243]
最初にこのビデオを見た時、Nucleusらしき直方体の冷蔵庫のようなものの大きさがわからなかったのですが、実際には電源アダプターサイズの小さなボックスです。(下図左) Nucleusは、スマート家電機器それぞれの電力使用状況を監視(下図中央、右)するだけでなく、スマートメーター経由で電力会社から電力価格シグナルを受信し、エアコンの温度設定を自動的に変更するなど、系統の需給逼迫時のピーク需要抑制に協力しながら、家庭の省エネ・節電を図るというものです。
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出典:「GE Nucleus Home Energy Monitor and Management System」
これは、いわゆるRTP料金メニューに連動したDRの支援技術と捉えることができます。
マクロでみた系統需給逼迫への対応はこれでできますが、日本の太陽光発電大量導入に際に問題とされているような、一部の配電線に大量の逆潮流が発生する(他の部分はそうでもない)場合の解決にはなりません。
そこで、トランスをインテリジェント化し、自分のトランス配下の家庭から大量の太陽光発電の逆潮流が起きて電圧が上昇したり、逆に、自分のトランス配下の家庭で一斉にEV充電を始めて電圧が下降したような場合、(電力価格シグナルに代えて)需要抑制/需要促進シグナルを配下の家庭に送り、(太陽光発電をEV充電に充てたり、逆にEV充電の延期したるすることを含め)Nucleus相当のHEMSコントローラー経由でスマート家電の運転を制御し、電力使用量を調整できるようにすればどうかと思っています。
そのイメージを下図に示します。
CPP等のDRイベントがいつ起きるか気にしなくても、スマート家電が、系統(というよりも、自分が所属する配電線内)の需給状況に応じて、スマートに省エネ・節電してくれるという意味で、需要家にも系統にも優しいシステムではないでしょうか。
トランス-Nucleus間のインタフェースに関しては、電力線搬送通信(PLC)が使えれば、追加の通信インフラも不要で最適だと思うのですが、屋外PLCに関する電波法の制限解除が望まれるところです。
以上、今回は、実効性の高い日本でのデマンドレスポンス・プログラムの在り方について考えてみました。
なお、今回のブログ情報を作成するために改めてデマンドレスポンス関連の資料を調べていて、PJMのPRDの他に、IEEJ2006年11月号『<電力事情>電気事業分野における2005年エネルギー政策法の意義-その3』でDRが詳述されているのを新たに発見しました。DRを価格反応型、インセンティブ型に分け、大口需要家のInterruptible Loadを含めて米国におけるDRの種類が整理されていますので、ご興味のある方は、是非ご覧ください。
終わり
- 投稿タグ
- Demand Response, PJM, デマンドレスポンス
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