© Copyright Humphrey Bolton and licensed for reuse under this Creative Commons Licence.
GTMリサーチ社の調査レポート『2010年のスマートグリッド:市場セグメント、アプリケーションおよび業界のプレーヤー』で言及されていた「モノのインターネット:Internet of Things(以降 IoT)」が気になり、しばらく前に、将来IoTおよびスマートグリッドの両方に関連しそうなキーワードとしてRWI(Real World Internet)をご紹介しました。 その時点では、自分自身、まだIoTを良く知らなかったので、RWIとの違い、スマートグリッドとの関係など伝え切れなかったのではないかと思います。 そこで、今回は、まず、誰がいつごろIoTという概念を考え出したのか、その定義はどうなっているのかを調査し、IoTがスマートグリッドにどのように関係してくるのかを考えたいと思います。
1.誰が「モノのインターネット」と言い始めたのか
RFIDジャーナルにKevin Ashton氏が2009年6月22日付けで次のような文を寄稿しています。
あの「モノのインターネット」について:That ‘Internet of Things’ Thing
私が間違っていなければ、1999年にプロクター・アンド・ギャンブル(P&G)社での提案のタイトルとして「モノのインターネット」という言葉を使ったのが最初だと思います。当時猛烈に話題となっていたインターネットというトピックと、サプライチェーンにRFIDを適用するという新しいアイデアを関連付けたのは、P&G社のお偉方の気を引くためのまたとない方法でした。10年後、「モノのインターネット」という言葉は科学雑誌「サイエンティフィックアメリカン」の記事から欧州連合の協議会の名前まで、あらゆるところで使われるようになりましたが、しばしば誤解されているように思います。 私が「モノのインターネット」と言った最初の人間だとしても、他の人がどのようにこの言葉を使用すべきか指図することなどできません。しかし、「モノのインターネット」という表現で私が何を言いたかったか(今もそう思っていること)を、お話します。
今日、コンピュータ(したがってインターネット)の取り扱うほとんどの情報源は人間です。インターネットで利用可能なおよそ50ペタバイトのデータ(1ペタバイトは1,024テラバイト)のほぼすべては、手入力/レコードボタンを押す/デジタル写真を撮る/あるいはバーコードを走査することによって作成されてきました。インターネットの説明図には、サーバーやルーターなどが含まれていますが、最も多く、一番肝心な「ルーター」である人間が省略されています。
問題は、人間には時間、注意および正確さに限界があることで、本来実世界にあるモノをデータとして補足する能力に長けているとは言えません。
アイデアと情報は重要です。しかし、モノは、はるかに重要です。私たちの経済、社会および実生活はアイデアまたは情報に基づいているでしょうか? いえ、それらはモノに基づいています。情報を構成するビットは、食べることも、燃やして暖を取ることもできないのです。
ところが、今日の情報技術は人を情報源とするデータに多くを依存しているため、私たちのコンピュータはモノよりアイデアに関して良く知っています。もし、人間の支援なしに集めたデータを使用してすべてのモノに関して知っているコンピュータができたら、私たちは大幅に浪費、損失およびコストを縮小することができるでしょう。モノの交換時期や、修理/リコール時期、食品が新鮮か、食べごろを過ぎたかといったことがたちどころに分かるからです。
私たちは、自分で見、自分で聞き、自分でにおいを嗅ぐなどの情報収集機能を備えたコンピュータを作る必要があります。RFIDおよびセンサー技術を使えば、コンピュータは人間にデータ入力してもらうという限界を取り払い、実世界を観察し、識別し、理解することができるようになります。
RFID技術は、この10年で飛躍的な進歩を遂げましたが、RFID技術がもたらしたことで何が重要かを正しく理解する必要があります。RFIDは、単に「ステロイド上のバーコード」でも、有料道路をスピードアップさせるための方法でもありません。RFIDに関するビジョンをそこまで縮小させてはならないのです。
インターネット同様、「モノのインターネット」には世界を変える可能性があります。 恐らくインターネット以上に。
※Kevin Ashton氏はオートIDセンターの共同創立者および常勤取締役でした。
ここから、読み取れるKevin Ashton氏のIoTの世界は、人間にデータ入力してもらうという限界を取り払い、RFIDとセンサー技術を使ってコンピュータが実世界を観察・識別・理解するM2Mネットワークのようです。
ガートナーがSOAの概念を提唱し始めた時には、Soap、XML等がまだ世に出ていなくて、CORBAによる分散オブジェクトが想定されていた(とどこかで聞いたのですが)のと同様、1999年当時、IoTのアイデアを実現する技術を見渡し、当時の最先端技術としてRFID(とインターネット)を念頭に置いたということは理解できますが、今(上記の記事が投稿された2009年6月22日)でもRFIDとセンサー技術の範囲で考えられているとしたら、IoTの定義としては、少し狭い感じがします。
2.もっと古い「モノのインターネット」
普通に考えるとIoTの定義が、インターネットの出現より前になることはないはずですが、インターネットという言葉が出現する前にIoTがすでに実現していたと主張するレポートを見つけましたので、ご紹介しましょう。
それはすべてコーヒーポットから始まった。
インターネットという言葉が出現するより以前(もちろん、ツイッターなど存在しなかったころ)、インターネット(の前身のネットワーク)につながり、自分の状態に関する情報を提供するコーヒーポットが出現したのだ。
1991年、ケンブリッジ大学の複数階の研究室の研究者数人が、一つのコーヒーポットを共有していた。研究者たちは、コーヒーを飲もうと階段を上ってコーヒーポットの所まで行ったところ、しばしばポットが空になっていてがっかりさせられた。そこで、コーヒーポットの前にビデオカメラを設置し、1分間に3度、コーヒーポットの状況の静止画をデスクトップから確認できるようにした。これが、世界中にセンセーションを巻き起こしたインターネットwebカメラのさきがけである。
出典:SLIGHTLY CURVEDCUBE:The world’s first webcam
このコーヒーポットこそ、今日のネットワークにつながれたモノと「モノのインターネット」のコンセプトの有用性の証明に他ならない。その時以来、多くのプロジェクトで、いろいろなモノにプロセッサ、センサーおよびトランスミッターを装着することの便利さが実証されている。 ThingM社パートナーのMike Kuniavsky氏が受ける質問は、「こんなことができるか」から「(上記のような)ハードウェアの追加コストに見合う新規顧客が狙えるか」に変わったとのことである。
モノのインターネットは、現実の世界に関する情報の「デジタル・オーバーレイ」を構成する。その中で、オブジェクトと位置は、2とおりの方法でモノのインターネットの一部になっている。 情報は、GPSの座標か、所在地住所を使用して、特定の位置に関連付けられる。あるいは、オブジェクトに埋め込まれたセンサーやトランスミッターをインターネットプロトコルでアドレスして、ユーザや他のオブジェクトと会話する以外に、当該オブジェクトのおかれている環境を探知したり、環境に反応したりできる。 またオブジェクトに処理能力を埋め込む(組み込みプロセッサを付加する)ことで、以下のような様々な潜在的なコミュニケーションも可能となる: 人からデバイス(例えばスケジュール、遠隔制御やステータス更新)、デバイスからデバイスあるいはデバイスからグリッド(例えば電気料金の変動に連動して、オフピークの電気料金代が安い時間帯に電気製品を使うようスケジュールする)。
ただし、無闇にオブジェクトに処理能力を埋め込めばよいというわけではない。 ニューヨーク大学の対話型テレコミュニケーション・プログラム教授で、Botanicalls(プラントが人々と通信することを可能にするセンサー・トランスミッター・コンビネーション)の共同制作者であるRob Faludi氏は次のように語っている:『1980年代の終わりころ、運転手に対して「ドアが開いている」とか「明かりが点きっぱなし」だとかしゃべる自動車が作られましたが、それは続きませんでした。そのような情報は、ダッシュボードのパネルランプやチャイムで十分だったからです。自動化がそれほど成功しない理由の1つは、それが実際の問題あるいはニーズと合致していないからなのです。』 Douglas Adams著のSFコメディ「Hitchhikers’ Guide to the Galaxy」に出てくる架空の会社:シリウス・サイバネティクス株式会社が製造した「インテリジェントドア」は、そのような、(実際のニーズではなく)技術のための技術の典型例である。そのドアは組み込みプロセッサとセンサーを持ち、ユーザと通信する能力を持っていた。そして、ドアが開かれたり、閉じられたりするごとに、ドアはユーザに感謝の意を表するのだった。
技術は目標を達成するための手段でとするべきで、それ自体を目標としてはならない。ペニンシュラホテルグループの元総支配人だったFraser Hickox氏は、次のように言っている。『技術で片のつく問題もあれば、そうでないものもあります。重要なのは、これ見よがしに技術をひけらかすのではなく、顧客の実際の問題やニーズ、あるいは非能率に取り組み、単純かつ効果的でコスト節減にもつながる対応をとることです。要するに設計と技術においても「オッカムの剃刀」の指針に基づくのが良いのです。』 先のFaludi教授の指摘に戻ると:『すべてのデバイスはその他のデバイスと話す必要があるでしょうか? 恐らく、ないでしょう。』
これは、2010年2月発刊のハマースミスグループのリサーチレポート「モノのインターネット:ネットワーク接続されたモノとスマートデバイス(The Internet of things: Networked objects and smart devices)」の冒頭部分です。
※このレポートは、その後も「市場サイズと前提条件:Market size and assumptions」、「ネットワーク化されたオブジェクトが生成する重要な情報の痕跡:Networked objects generate significant information trails」、「デマンドレスポンス戦略を通じてスマートアプリケーションがサポートする省エネ:Smart appliances support energy conservation through demand response strategies」、「ネットワーク化されたオブジェクトがもたらす生活スタイル上の恩恵:Networked objects can create lifestyle benefits」と続きますが、今回は、IoTの定義部分をご紹介するだけにとどめます。
ご覧いただいたように、このコーヒーポットはRFIDとも、通常の意味で使われるセンサー技術とも無縁ですが、見事にIoTを体現していると思います。
「モノのインターネット」とは、現実の世界に関する情報を「デジタル・オーバーレイ」したものである
文中で使われていたIoTの定義に相当する部分だけを抜き出すと、チョット消化不良になりそうですが、このコーヒーポットの例は、IoTのコンセプトとして非常に分かりやすいと思います。この定義を自分なりに噛み砕いて表現しなおすと、こんな感じでしょうか?
「モノのインターネット」とは、現実の世界にあるモノを何らかの形でインターネットに接続し、接続されたモノに関する情報を流通できるようにすることである
3.Cisco社の「モノのインターネット」の定義と、インターネットに接続する形
現実の世界にあるモノとインターネットを接続する形として、現時点では、RFIDの他にどのようなものがあるのでしょうか? 米国電力研究所(EPRI)の「Smart Grid Information Sharing Calls」のページに掲載されていたCisco社の資料「The Internet of Things / Sensor Networks - May - 2009 EPRI」を参考にしてまとめてみました。
「モノのインターネット」とは、基本的に、無数の新たな応用を可能とする「スマートオブジェクト」同士を接続するためのアイデアである。その接続には、IP(インターネットプロトコル)を使用するが、それは、いわゆるインターネットでなくてもVPNあるいは全くのプライベートIPネットワークでも良い。
なお、「スマートオブジェクト」には、4つの種類がある:
① インテリジェントタグ(RFID)
② センサー:電力消費量、エンジン振動、排気ガス濃度、気温、CO濃度などの物理的な量を測定し、それをアナログまたはディジタル信号に変換するデバイス
③ アクチュエータ:ガスや液体の流量調整、給電制御、機械的な動作など、設備装置を制御するデバイス
④ より複雑なモノを形成する、上記の特徴の任意の組み合わせ
このスマートオブジェクトの定義に従えば、2.で、コーヒーポットに向けられたビデオカメラは、ポット内のコーヒーの量を測定するタイプ②のセンサーに属し、スマートグリッドに登場するスマートメーターは、電力消費量を測定するとともに、開閉器の機能などを併せ持つので、タイプ④のスマートオブジェクトと考えることができます。
4.CASAGRASの「モノのインターネット」の定義と、RWIのベースとなったもの
CASAGRAS(Coordination And Support Action for Global RFID-related Activities and Standardisation)というRFID関連の国際的活動と標準化の為の調整と支援行動をしたプロジェクト(活動期間:2008年1月-2009年6月)の最終報告書「Final Report RFID and the inclusive Model for the Internet of Things」に、RWIを含め、複数のIoTに関する定義が載っています。
CASAGRASでの定義
「モノのインターネット」とは、データ収集と通信能力の開発を通じて現実のオブジェクトと仮想オブジェクトを関連付けるグローバネットワーク・インフラである。このインフラは、現在および今後発展するインターネットとネットワークの進化を包含しており、今後のサービスおよびアプリケーション開発のベースとして、特定のオブジェクトID、センサーおよび接続能力を提供する。
これらは、高度の自主的なデータ収集、イベントの移送、ネットワーク接続および相互運用性が特徴である。
EPoSS(European Technology Platform on Smart Systems Integration)での定義
「モノのインターネット」は、スマート空間で作動し、アイデンティティとバーチャルパーソナリティを持つモノ/オブジェクトによって形成されたネットワークであり、インテリジェントなインターフェイスを用いてユーザや、社会・環境コンテキストと接続・通信する。
意味論的に、「モノのインターネット」は、「標準的な通信に基づいて、ユニークにアドレス可能な、相互連結したオブジェクトのグローバルネットワーク」として定義できる。
スマートな無線で識別可能なデバイスは、このネットワークを使用してシームレスに環境と通信・対話し、それによって、私たちの社会をより効率的、安全、包括的にするのを支援している。
RWIでの定義
「モノのインターネット」のコンセプトは、当初、RFID、無線センサー、アクチュエータのネットワーク(WSAN)のような技術に基づいていたが、最近は、異種のコンピューティングおよび通信能力を備えた種々様々な大量のネットワーク組み込み型デバイス(Networked Embedded devices:NED)を含んでいる。
また、サプライチェーン・マネジメントおよびロジスティクスへの応用から始まったIoTは、今日では、自動化、エネルギー、e-ヘルスなどを含む多数のドメインをターゲットとしている。
更に最近では、インターネットにリアルワールドを統合するため、万物を包含するビジョン:リアルワールドインターネット(RWI)へとIoTを駆り立てている。
RWIおよびIoTは、「サービスのインターネット(IoS)」のような、他の新興コンセプトとのコラボレーションが期待されており、IoSおよびIoT/RWIを集めることにより、「エネルギーのインターネット(IoE)」のようなエネルギー・インフラを革新するものとなることがと期待される。
RWIは、私たちが仮想および現実の世界の中で対話する方法に非常に大きな影響を与えることは明白で、将来のインターネット全体にも寄与することだろう。
更に昔、IoTを唱えた人がいた
CASAGRASプロジェクトの最終報告書中、IoTの定義の前段で、コーヒーポットよりも更に古く1980年代に日本でIoT類似のコンセプトが発案されていたことが記されています。その発案者が誰とは明かされていませんが、以下の英文を見れば明らかですね。
A similar vision without the explicit use of RFID was proposed even earlier by Japan’s TRON Project in the 1980’s
TRONプロジェクトといえば、東京大学/YRPユビキタス・ネットワーキング研究所長の坂村健先生。ここで言及されているのは、先生の提唱されていた「ユビキタスコンピューティング-どこでもコンピュータ」のことですね。
CASAGRASプロジェクトは、RFIDベースでモノを考えているので、『RFIDを明確には利用しない類似のビジョンが1980年代の日本にあった』という表現ですが、ここまででRFIDはIoTの必須要素ではないことを確認してきたので、『IoTのコンセプトは、1980年代の日本でできあがっていた』と言ってよいのではないでしょうか?
更に言うと、RWIが言及しているNEDというのは、坂村先生の「どこでもコンピュータ」に類似している気がしました。
今回は、誰がいつごろIoTという概念を考え出したのか、その定義はどうなっているのかを調査したわけですが、最初に言い出したのは、なんと日本の坂村健先生だったことが分かりました。
また、IoTの定義は、その時の最先端技術動向の影響を受け、当初はパッシブ型RFIDベースで考えられていましたが、だんだんセンサーが小型化/高性能化し、将来は、坂村先生が20年以上前から提唱されていた、メモリと処理能力を持ったチップが埋め込まれたモノ同士、あるいはモノと人間の間で情報のやり取りが行われる世界が実現するだろうということが分かりました。
そして、そのようなIoTの応用の1つ(RWIで言うところのIoE)がスマートグリッドであるということですね。
GTMリサーチのレポートが、「当面必要となる自動検針に目を奪われて、その後の展開を考えないで実装に入るなかれ」という指摘を行っていますが、同じように、「当面必要となる例えば、配電自動化やデマンドレスポンスだけに目を奪われて、その後の展開を考えないで実装に入るなかれ」ということが言えそうです。すなわち、スマートグリッド(IoE)のためだけに必要jなインフラを考えるのではなく、更に広範囲をカバーする、例えばスマートコミュニティのインフラを念頭に、スマートグリッドはいかにあるべきかを議論することが重要だと思います。
今回、絵が少なかったので、最後に、総務省IPv6によるインターネットの利用高度化に関する研究会および前述のCisco社の資料から、「モノのインターネット社会」を実現するサービスの事例をいくつか再掲させていただきます。
資料WGモ1-2(パナソニック説明資料)より
資料5-5(ウィルコム説明資料)より
資料WGモ3-1 (ウィルコム説明資料)より
資料WGモ3-3 (日立説明資料)より
CISCO-The Internet of Things Sensor Networksより
終わり
- 投稿タグ
- IoT, M2M, Real World Internet, RWI, Smart Grid
Pingback: 固まってきた?日本版スマートグリッドの中身 | インターテックリサーチブログ