出典:http://www.smartgrid-conference.jp/cleangreen/

先週(2010年9月29日)、東京駅に隣接する丸の内トラストタワー本館26Fで、Clean Green Forumのセミナーが開催されました。
主催者であるクリーングリーンリサーチのManaging Directorエドワード福井氏より、同セミナーに招待していただきましたので、お言葉に甘えて参加させていただきました。そこで、簡単にセミナーの内容をご紹介し、今回のタイトルとした、「スマートグリッドとHEMS」について考えてみたいと思います。

本セミナーは、スマートグリッドに関連した5回の連続セミナーの4回目で、HEMSがテーマとなっており、講演内容、講演者は以下のとおりでした。

講演1.『HEMSの展開可能性、ならびに天津におけるエコシティ実現に向けた取組み』

講師:株式会社日本総合研究所 創発戦略センター 主任研究員 松井英章氏

講演2.『住宅APIを活用したスマートハウスの展開について』

講師:大和ハウス工業株式会社 総合技術研究所 ICT研究グループ吉田博之氏

講演3.『スマートグリッド実証事業でのHEMSを核としたトヨタの取組み』

講師:トヨタ自動車株式会社 住宅技術部長 山根満氏

それぞれの講演内容とキーポイントと思われる部分を抜粋すると、以下のようになると思います。
※中国事例研究の紹介部分は、割愛しています。

講演1:日本総合研究所 松井氏

  • スマートグリッドにおけるHEMSの位置付け:スマートグリッドは、とかくエネルギー供給者の視点で語られがちだが、住民目線で見ると、HEMSこそがスマートグリッドの中核である。
  • HEMSの現況:家庭内の機器管理の歴史は古いが、太陽光発電およびEV・PHVの充放電の有効利用、更に地域内エネルギー融通まで視野に入ってきた。ただし、HEMSの機能を①見せる(可視化)、②分からせる(省エネアドバイス)、③行動する(機器の自動制御、EVの充放電制御、地域電力融通)の3段階に分けると、当面①までが実現、②は発展中で、③は何が標準になるか決定していない。
  • HEMSのあり方:HEMSが、各家庭のエネルギーコストの個別最適を目的とし、住民がHEMSシステム自体と、HEMS制御インタフェースを供えた全家電機器購入のコスト負担を行う場合、コスト回収は難しい。そこで、第3者的なサービス会社が、コスト負担する代わりに各戸のHEMSからの情報を吸い上げ、電力会社に電力使用情報を提供するだけでなく、個人情報をマスクオフして自治体、家電メーカー、警備会社などに付加価値サービスを提供する形態が考えられる。家電機器も(個人の所有物ではなく)サービス会社が提供し、家電機能が提供するサービスに対して、住人が利用料を支払うような課金モデルも考えられる。

出典:第4回『HEMS最新動向 各社の取組みと中国の事例研究』講演予稿集13ページ
  • スマートマンション:上記のようなサービス提供を行うビジネスとして、マンション単位で高圧一括受電を行えば、高圧電力と電灯契約(一般家庭の電力会社との契約)の価格差でHEMS導入コストを償却するとともに、マンション内の各戸内のHEMSの取組みを商用ベースに乗せることが可能。マンション単位での電力使用量の最適化、省エネが図れるとともに、コミュニティ意識醸成にもつながる?

出典:第4回『HEMS最新動向 各社の取組みと中国の事例研究』講演予稿集17ページ

講演2:大和ハウス 吉田氏

  • スマートハウスの背景:エネルギー消費全体に占める家庭部門の消費割合が増加しており対処が必要。また、排気ガスを出さない電気自動車が住宅内に入ってくる/超大型テレビが壁への埋め込み式になるなど住宅そのものも変化する可能性がある。エネルギーの最適制御だけでなく、超高齢化社会への対応など、住宅は、これからの生活サービスを支えるプラットフォームになる。
  • スマートハウス実証プロジェクト:経済産業省の公募事業「平成21年度 スマートハウス実証プロジェクト」にて、三菱総合研究所から再委託の形で実施した。
    家庭内で使用する家電製品や住宅設備機器の制御および運転状況・使用履歴などの情報を収集するための共通ソフトウェア「住宅API」を新たに開発し、その評価を目的に実証実験を実施したもの。


実証実験の範囲


住宅APIを利用したスマートハウス用総合リモコン(iPhoneアプリ)


住宅APIを利用したエネルギーの見える化サービス

出典:大和ハウス ニュースリリース:「スマートハウス」における共通ソフトウェアの開発および実証実験の開始について
  • スマートハウス実現に向けての提言
    • 家電機器との通信手段の一本化は理想的だが、まずは繫がることが重要
    • スマートハウスはサブシステムの融合体であり、サブシステムの外部インタフェースはシンプルに
    • 家電・設備本体で実装すべきもの、ネットに任せた方がよいものを顧客視点で再構築すべき
    • 個別最適なものをつなぎ合わせても全体最適にはならないので、自社がやるべき部分と外に出した方が良い部分を顧客視点で再検討すべき

講演3:トヨタ自動車 山根氏

    • 青森県六ヶ所村スマートグリッド実証実験:日本風力開発株式会社、トヨタ自動車株式会社、パナソニック電工株式会社、株式会社日立製作所が、世界初の大規模蓄電池併設型風力発電所を活用した住民居住型のスマートグリッド実証実験を開始。トヨタは、スマートハウス、PHVの運行管理システム、電力消費/蓄電計画を作成・制御するシステム「TOYOTA Smart Center」を実証するほか、電力状況を見える化するツールとしてコミュニティ向けに「TOYOTA Smart Vision」、ユーザー向けにHEMSモニター、スマートフォン、車載ディスプレイオーディオの活用を実証する。

出典:マイコミジャーナル 「トヨタ・パナ電工・日立ら、住民居住型のスマートグリッド実証実験を開始」
  • 蓄電池付きHEMS:トヨタ自動車株式会社とトヨタホーム株式会社は、家庭向けの「蓄電機能を備えたホーム・エネルギー・マネジメント・システム:HEMS」の本格開発に着手し、2011年に「トヨタホーム」での実用化を目指している。現在のHEMSがエネルギー使用の「表示」と家電製品の「制御」が主であるのに対し、トヨタ自動車とトヨタホームが開発を進めるHEMSは、「表示」・「制御」に加え、“電力を蓄える”「蓄電」の機能を持たせる点が大きな特徴。比較的安価でCO2排出量が少ない夜間電力を貯めておき昼間に利用したり、太陽光発電を蓄電して使えるようにしたりすることで、電力マネジメント、及び省エネ意識を喚起し、光熱費低減と、環境負荷低減を図る。

出典:トヨタ自動車ニュースリリース 「トヨタ自動車とトヨタホーム、蓄電機能を備えたホーム・エネルギー・マネジメント・システム(HEMS)開発に着手

「スマートグリッド」は、「一見、専門用語のようにみえるが、明確な合意や定義のない用語」という意味で今のところ、典型的なBUZZWORDですね。
講演1で日本総研 松井氏が指摘されているように、エネルギー供給側の視点から見ると、いわゆる「次世代送電網」ですが、需要家の視点から見るとHEMSの延長線上にあるものと考えるのが自然です。更に、
1) 政治家から見ると、グリーンワーカーという新たな雇用を生み出すツール
2) 通信事業者から見ると、次世代センサーネットワーク(NGN)の電力業務への適用
3) 系統の潮流解析や、天候予測などと連動した分散電源の発電予測の分野から見ると、リアルタイム・ビジネスインテリジェンス(従来のオフラインで事前に作成したキュービックに対する分析ではなく、センサー経由でリアルタイムに収集したデータに基づいた分析)の電力業務への適用
4) 「モノのインターネット」から見ると、スマートグリッド自体が次世代インフラなのではなく、「モノのインターネット」を形成する次世代インフラの上に構築された電力業務アプリケーション
と、様々な見方ができます。
講演1の感想に戻ると、HEMSの現況認識に関しても、松井氏の指摘どおりだと思います。しかし、HEMSのあり方で述べられているサービス会社主体のビジネスモデルが実現するかどうかは少々疑問に感じています。家電機器は、どちらかというと嗜好品に近いので、サービス会社が提供する(限定された?)家電機器を使い、サービス料を支払うというビジネスモデルが成立するとしたら、レオパレスのような、住む期間が限定された学生向けあるいは単身赴任者向けマンションなどに限られるのではないでしょうか? Google PowerMeterやMicrosoft Hohmの目指す付加価値サービス提供ビジネスが成功するかも気になるところです。また、スマートマンションは、HEMSというより、BEMSに分類した方がよいと感じました。

講演2ですが、「スマートハウス実現に向けての提言」で大和ハウス 吉田氏が指摘されているように『家電機器との通信手段の一本化は理想的だが、まずは繫がることが重要』。いろいろなメーカーの家電機器をHEMSで制御するためには、そのメーカーの「言語」で制御指令を出す必要があります。そこで、いわば通訳の役割を果たす「住宅API」を作り、例えば日本語で制御命令を出すと、制御対象の家電機器がドイツ語しか理解できないならドイツ語に翻訳して制御指令を出し、制御対象機器がどのメーカー製かを気にしなくて良いようにした-ということでした。
『個別最適なものをつなぎ合わせても全体最適にはならないので、(家電メーカーは)自社がやるべき部分と外に出した方が良い部分を顧客視点で再検討すべき』というのも、そのとおりだと思います。そのためにもHEMS関連の情報交換モデルの標準化が望まれるところです。これに関して、以前、「意外と先を行っている日本のスマートグリッド関連標準規格動向」で東大の江崎教授が、スマートビルの国際標準化を進められておられることをご紹介しましたが、スマートホームに関しても日本のECHONETコンソーシアムが国際標準化を進めていることを知りました。(2009年11月25日開催第8回エコーネットセミナー)それによると、ECHONETコンソーシアムでは、HEMSをより効果的にするために、
①ほぼすべての家電類の機器オブジェクトを定義済み
②家電機器がより簡単にホームネットワークに接続するための仕様を規格化
③今後のスマートハウスに適応するため、新たに創エネ機器、蓄エネ機器の機器オブジェクトの規格策定中
とのことです。

講演3に関しては、当日セミナーでも質問が出ていましたが、蓄電池を住宅に設置することで太陽光発電の買い取り価格が下がるようなら、当面はHEMSに蓄電機能を持たせない方が、初期コスト、ランニングコストとも「経済的」な可能性があると思いました。

今回は、「スマートグリッドとHEMS」というセミナータイトルをきっかけに、自分でもスマートグリッドとHEMS(Home Energy Management System)の関係を整理しようとしているのですが、HEMSの他にもいろいろなEMSがあります。

  • ビルのエネルギー管理をつかさどるBEMS(Building and Energy Management System)、
  • 工場敷地内の全エネルギーの計測・管理と稼働状況・生産数量の監視によるエネルギー原単位の把握、エネルギー最適化をつかさどるFEMS(Factory Energy Management System)、
  • 更に広い範囲でエネルギー管理をつかさどるCEMS(Cluster Energy Management System あるいはCommunity Energy Management System:地域エネルギー. マネジメントシステム)
  • 電力会社が自社管轄地域内での電量需給を最適化するためのEMS

これらは、「次世代エネルギーシステムに係る国際標準化に関する研究会」がとりまとめた「スマートグリッドに関する国際標準化ロードマップ」で、26の重要アイテムの中に位置づけられています。


(1)送電系統広域監視制御システム、
(2)系統用蓄電池最適制御、
(3)配電用蓄電池の最適制御、
(4)ビル・地域内の電池の最適制御、
(5)蓄電池用高効率パワー・コンディショナ、
(6)配電自動化システム、
(7)分散型電源用パワー・コンディショナ、
(8)配電用パワエレ機器、
(9)デマンド・レスポンス・ネットワーク、
(10)HEMS(Home Energy Management System)、
(11)BEMS(Building and Energy Management System)、
(12)FEMS(Factory Energy Management System)、
(13)CEMS(Cluster Energy Management System)、
(14)定置用蓄電システム、
(15)蓄電池モジュール、
(16)車載用蓄電池の残存価値評価方法、
(17)EV(Electric Vehicle)用急速充電器・車両間通信、
(18)EV用急速充電器用コネクタ、
(19)EV用急速充電器本体設計、
(20)車載用リチウムイオン2次電池安全性試験、
(21)車両・普通充電インフラ間通信、
(22)インフラ側からのEV用普通充電制御、
(23)メーター用広域アクセス通信、
(24)メーター用近距離アクセス通信、
(25)AMIシステム用ガス計量部、
(26)メーター通信部と上位システムとの認証方式。

スマートグリッド国際標準化に関する26の重要アイテム

出典:EE Times Japan 「スマートグリッド標準化へ、経産省が日本の技術を提案」

このうち、(1)~(9)は、主に電力会社(海外では、送電事業者、配電事業者、系統運用社など)のEMSであり、その意味で、スマートグリッドとは、何段階かのレベル(送電系統管理用EMS、配電系統管理用EMS、地域EMS、CEMS/FEMS、BEMS/HEMS)で構成される無数のEMSのM2Mシステムである-という捉え方ができると思います。
そして、海外のスマートグリッド標準化(例えばNISTの国際標準化)と比べた場合、欠落していると思われるのが、電力取引所:Power Exchangeの存在です。
海外では、送電線レベルの電力需給に関して、卸電力取引所の一日前市場/時間前市場での電力売買を用いて経済合理性を追求しており、更に電力需給バランスをとるためにもリアルタイム市場を活用しようとしていますが、日本のスマートグリッド国際標準化に関する26の重要アイテムには、電力取引所インタフェースの標準化が含まれていません。
下図:NIST Smartgrid Conceptual Model に色づけした薄緑の部分参照。
※ついでにいうと、講演1で松井氏が指摘されているサービス会社は、下図の薄黄色になりますね。

出典:embedded.computing.com「Smart grid: What’s here, what’s needed, and what you should know now

HEMSの(将来の?)機能として、一般需要家同士の余剰電力融通がありますが、その際、余剰電力という「現物」のやり取りの他に、売買の仲介・清算を行う(小売)電力取引所も必要になると思われます。スマートグリッドとHEMSを考えるに当たっては、今後そのような議論も必要だと思います。

終わり