- 日本版スマートグリッドでデマンドレスポンスは必要か? -


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これまで、何回かにわたって経産省のスマートメーター/スマートグリッド関連の制度検討会の動きをご紹介してきましたが、11月19日開催された第7回スマートメーター制度検討会は、抽選漏れで傍聴できませんでした。
そこで、今回は、制度検討会で見えてきた日本版スマートグリッドの方向性にかんがみて、果たして日本ではデマンドレスポンス(以降、DRと略)が必要かどうか考えてみたいと思います。

では、始めましょう。

DRの定義

DRはDSMの一種?

Goo辞書によると、『DSM:Demand Side Managementは 電気事業者による電力需要管理システム。省エネルギーや、電力消費の偏りを平準化するための施策を、電力会社が行う。特に、アメリカでは積極的に行われており、工場が省エネ投資をする場合や、一般家庭が家電機器を高効率のものに買い替える際に、その費用の一部、時には全額を電力会社が負担したり、エアコンのオン・オフを電力会社が直接操作したりしている』 と定義されています。
デマンドサイドマネジメント(DSM)の一環として、これまでにも一般家庭のエアコン等の家電機器を電力会社が直接操作した「事実」はあった訳です。

では、その一般家庭向けDSMとDRは何が違うのか?

米国エネルギー省のDRのホームページを見ると、『Demand response allows retail customers to participate in electricity markets by giving them the ability to respond to prices as they change over time – either daily or hourly in most instances. Methods of engaging customers in demand response efforts include offering a retail electricity rate that reflects the time-varying nature of electricity costs or programs that provide incentives to reduce load at critical times.』 とあり、DRとDSMとの違いは、

  • 大口需要家は含まれず、一般家庭(retail customers)が対象で、
  • 日あるいは時間帯によって電気の従量料金を変更したり、需給逼迫時に(電力会社の要請に応じて)電力使用を軽減した家庭には奨励金を出したりして、
  • 電力会社からの強制ではなく、一般家庭が積極的に電力消費パターンを変更するように仕向ける仕組み

と捉えることができます。

※字面上は、一般家庭が電力取引市場に参加する(retail customers to participate in electricity markets)となっていますが、少なくとも現状では「電力小売取引所」で電気を売買するような仕組みまでは考えられていないと思います。

(米国での)DRの定義

以上をまとめると、DRは、電力の需給バランスを取る上で、供給側ではなく、需要側で調整する仕組みという点では、DSMと共通していますが、基本は大口需要家ではなく一般需要家の電力需要を調整するものである。その際、電気の従量料金を変えるなど経済的なインセンティブを与え、需要家が能動的に需要調整に参加する仕組みである点が、DSMとは異なっているといえると思います。

※日本での大口需要家に対するDSMの例として随時調整契約があります(⇒参考)。電気の従量料金を変える訳ではありませんが、この契約を結ぶことにより電気代の割引を受けるので、経済的なインセンティブがある点ではDRと同じと言えます。ただ、「参考」の記事にあるように、電力会社からの要請で電気の使用を控えるという点で、需要家は受動的に需要調整に参加する形となり、DRのスタンスとは異なっています。

日本でのDRの捉え方

日本でのDRの捉え方の例として、以下に経済産業省の「次世代エネルギーシステムに係る国際標準化に関する研究会」最終報告書『次世代エネルギーシステムに係る国際標準化に向けて』の14ページに掲載されているDRのイメージ図を以下に示します。

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この研究会でまとめられたDRの捉え方の特徴をいくつか列挙します:

  • 需要家が、一般家庭だけでなく、ビル商用施設/産業施設といった大口需要家まで拡大され、更に、地域レベルにまで拡大解釈されている
  • (米国エネルギー省のDRの定義では、DRの仕組み自体には言及していないが)ここでは、DRネットワークを中心に据え、電力会社と、需要家側が接続されている。
  • DRネットワークとインタフェースをとるのは、電力会社側がユーティリティ・コントローラ、需要家側がHEMS・BEMS・FEMS・CEMSコントローラとなっている
  • DRネットワーク内の計量部、制御部というのはスマートメーターの一部と思われるが、そこから需要家側コントローラに繋がっていない。すなわち、スマートメーターはDRには関与しない(と解釈できる←制度検討委員会での方向性と一致)

DRの拡張解釈

弊社ブログ「2010年のスマートグリッド:市場セグメント、アプリケーションおよび業界のプレーヤー - その17」の中で、電気自動車のスマートチャージビジネスを展開するGridPoint社が、GTMのスマートグリッドマップ上、DRアプリケーションのレイヤにも出現していることを確認しました。
先ほどの「デマンドレスポンスのイメージ図」を流用すると、GridPoint社のスマートチャージ・システムが、図下段の地域レベルシステムに相当し、一般家庭でのEV普通充電や、屋外のEV充電ステーションでのEV急速充電を、系統の電力需給状況に合わせて最適制御する機能があることに由来すると思われます。

図拡大

通常、DRは系統の電力需要逼迫時に電力使用を減らす目的で使われますが、GridPoint社のスマートチャージ・システムでは、電力会社の要望(=デマンド)に合わせて、以下のように電力会社の系統運用との協調制御が行えるそうです。

  • Load Shaping:ウィンドファームやメガソーラーの出力変動に連動したEV充電量の調整


出典:GridPoint社のプレゼン資料 図拡大

スマートチャージ・システム配下の複数のEV充電スタンドの充電量を制御し、電力会社からの出力変動予測量のデータ(グラフ上青の線)に追随(グラフ上赤の線)するように、EVへの充電量を制御

  • Load Shifting:ピークシフト及び緊急対応のEV充電量調整


出典:GridPoint社のプレゼン資料 図拡大

発電所の故障など緊急トラブルが発生した場合、電力会社の要請(指令)に応じてEV充電を停止/低減するなど、電力系統の安定化に協力

  • Price-Based Charging:リアルタイム価格シグナルに連動したEV充電制御


出典:GridPoint社のプレゼン資料 図拡大

電力会社が提示する電気のリアルタイム価格(下段グラフ)に応じてEV充電を制御(上段グラフ上、赤い線)し、充電コストを最適化するとともに、需給逼迫時にはEV充電を低減して、電力系統の安定化に協力

ここでは、EVオーナーではなく、第三者であるGridPointのスマートチャージ・システムが積極的にEV充電の電力消費パターンを変更しているのと、単に系統の需給逼迫時以外にも系統安定化に協力できている点で、より進んだDRの形態と考えることができます。

2010年のスマートグリッド:市場セグメント、アプリケーションおよび業界のプレーヤー - その17」の最後に紹介したSmartgridNews.comのニュース記事参照

米国型スマートグリッドでDRが求められる理由

米国でのスマートグリッドといえば、DRは「必需品」のような感じを受けますが、その理由は:

  • 今後も電力需要の増加が見込まれている
  • にもかかわらず、経営規模の小さな電力会社が多いので発送配電設備の増強資金がおぼつかない
  • 加えて、電力自由化が経営を圧迫している

そこで、供給側の設備増強に代えて、ICTの力を借りて需要側(特にピーク需要)をスマートに制御し、電力供給インフラの不足を補おう-というのが、米国型スマートグリッドであり、そのための仕組みがDR。

更に言うと、DRを実現するための需要家側インタフェースがスマートメーターなので、米国型スマートグリッドでは、スマートメーターも「必需品」扱いとなっている-と考えられます。

日本型スマートグリッドでもDRは必要か?

日本では、例の新潟県中越沖地震の影響で現地の原発全7基(総発電量800万kW)が停止してしまっても停電が発生することなく真夏のピーク需要を乗り越えられたほど、電力会社の発電能力には十分な余裕があります。
その上、長期需要予測を見ても、日本では今後電力需要はそんなに伸びないと考えられています。
したがって、『電力需要のピーク対応にわざわざ一般家庭を巻き込むほどのことはない。逆に、ベース電源の発電量が多く、ゴールデンウィークの昼間などの特異日には電力が余ってしまうので、日本ではDRは不要』-というのが「業界筋」での見方となっているのではないでしょうか。

あえてDRのような、需要家参加型の仕組みが必要なケースとしては、政府が目指している大量の太陽光発電によって生じる可能性のある系統への大逆潮流を、太陽光発電の出力変動に応じてタイムリーに吸収させるため、(電力需要抑制ではなく)電力需要喚起の手段としてなら、考えられなくもありません。(GridPoint社のスマートチャージ・システムで言うと、Load Shaping)

ところが、『固まってきた?日本版スマートグリッドの中身』でご紹介したとおり、「2020年型日本版スマートグリッド」では、PV出力を抑制すべき日時の情報は、太陽光発電のPCS内のカレンダーに書き込んでおき、逆潮流問題を回避できる方式になりそうです。
したがって当面日本ではDRの出番はなさそうです。

これまでいろいろなスマートグリッドのセミナーに参加して思ったのですが、スマートグリッドの概要紹介で共通していることが2つあります。
1つは、スマートグリッドの定義は定まっていず、各国・州の事情により異なっているという説明。とはいいながら、もう一方では、スマートグリッドの構成要素として、スマートメーターとDRが、さも当然のように語られていることです。

確かに、米国型スマートグリッドではDRが必須要素であり、DRを実現する上でスマートメーターも必須要素かもしれません。

しかし、エネルギー利用効率を高め地球温暖化を阻止するのが、スマートグリッドに求められる世界共通の要素であり、かつその実現に当たって社会コストの最適化を行うことがスマートグリッドに課せられた使命ならば、日本型スマートグリッドを実現する上で、当面(双方向通信を前提とした)デマンドレスポンスを導入する必要はなく、ひいては、米国型スマートグリッドを真似て、100%スマートメーター導入を急ぐ必要もないのではないでしょうか?

終わり