EPRI「Estimating the Costs and Benefits of the Smart Grid」の表紙より作成

以前、米国電力中央研究所(EPRI:Electric Power Research Institute)から公開された、「Estimating the Costs and Benefits of the Smart Grid:スマートグリッドの費用対効果予測(EPRI 1022519 Final Report, March 2011)」というタイトルのレポートの概要を、エグゼクティブ・サマリを中心にご紹介しました。

今回は、3章「Approach」および4章「Power Delivery System of the Future:Benefits (The Benefits of the Smart Grid)」を取り上げ、スマートグリッドの導入効果(費用および便益)をどのように予測したのか、その手法/考え方をご紹介したいと思います。
いつも通り、全文翻訳ではないことと、例によって、超訳になっている部分があることを予めご了承ください。また、勝手に補足した部分は文字色=緑にしています。

では、はじめましょう。

第3章:アプローチ

調査に当たって、プロジェクト・チームは電力配送システム(Power Delivery System、以降PDSと略)を個別の機能分野に分け、技術開発、展開および調査対象期間(2010年~2030年)のコスト予測に関して、多くの前提を置いている。
本章では、それらの前提の概要を説明する。25個のコスト要因それぞれについては、本報告書の4つの主要パートである、送電、変電、配電および顧客の章で、詳述する。

 PDSの構成要素

PDSは、発電所に端を発し、エンドユーザのエネルギーを消費する装置や器具で終わる。その間には、以下の構成要素が含まれる:
• 昇圧器
• 発電所内開閉所
• 送電変電所、送電線および関連設備
• 配電変電所、配電線および関連設備
• インテリジェント電子デバイス(IED)
• 通信
• エンドユーザ側で生成される分散エネルギー資源
• 瞬停保護装置や無停電電源装置;
• センサー
• エネルギー貯蔵装置
• その他の装置

 スマートグリッドにより拡張されるもの

• 自動化:スマートなPDSの中心となるもの
• 通信アーキテクチャ:将来のPDSの基礎をなすものであり、スマートグリッドの統合を可能とするもの
• 分散エネルギー資源およびエネルギー貯蔵装置の開発と統合
• PDS全体にわたる、パワー・エレクトロニクスに基づいた制御装置と広く分散配置されたセンサー
• AMI(先端メータリング・インフラ)
• 消費者と電力設備をエネルギー・サービスと通信で結びつける消費者ポータル
• 電力市場向けツール:流動性の高い卸電力取引市場を可能とする情報システム
• 電気の使用に関する技術革新
• デマンドレスポンスで利用可能な家電機器や装置

 調査手順

今後20年で必要とされる投資レベルがどの程度か推測するため、プロジェクト・チームは、まず、PDSの中核をなす技術を、4つに分けた。すなわち、送電、変電、配電および顧客インターフェースである。
次に、チームは、コスト予測のプロセスを以下の2つのセグメントに分けた:
1)既存顧客の今後の需要増や、顧客増(新規接続)に対応したり、電力流通設備の欠陥を修復したりするために、既存のPDSへの新たな設備の導入、アップグレードおよび置換を実施するためのコスト予測
2)いわゆるスマートグリッドと呼ばれるレベルまでPDSの機能性を増強するために必要とされる先進技術の開発・展開コスト予測

 主要な前提条件

以下に、今回のコスト予測に当たって採用した前提条件を列挙する:

• 単にPDSをよりスマートにするだけでなく、堅牢で、障害からの回復力に長け、適応力が高く、セルフヒーリングが可能な技術を組み込む費用も見積もりに入れる

• 規制に準拠しつつ、合理的でコスト効率の良い改良を行う

- 2007年のエネルギー独立性及び安全保障法の機能要件を満たす
- 合理的な費用便益評価に従う
- 北米電力信頼性協議会(NERC)の供給信頼度基準を満たす、あるいは上回る
- 電力品質に関して、州のガイドラインで定められている、平均供給不能持続時間(SADI)と平均停電頻度(SAIF)の比:SADI/SAFIの基準(通常100分)を満たすか、それよりも改善を図る
- performance rate-makingの目標を満たす
- RPS制度の要件を満たす

• 需要の増加、既存のPDSの拡張・近代化に対応しつつ、スマートグリッドの機能性を増強する技術やポリシーを組込む

- 完全に機能するPDSを作り上げる
- 消費者と連系したサービス向上を可能にする
- 分散エネルギー資源の統合を可能にする

• PRISMその他のEPRIシナリオと矛盾せず、再生可能エネルギー資源の拡大が可能で、米国エネルギー省(DOE)の風力発電拡大目標を満たす

- PRISMシナリオでは、2030年までに再生可能エネルギーが135GWとなると予測している
- DOEは2030年までに風力発電を全電力供給の20%にするという目標を持っている

• 米国エネルギー情報局の2010年版エネルギー見通しでは、2008~2035年の電力需要年間成長率を1.0%と予想している(数字の出典は、EIA2009の「Structural Change in Economy – Higher prices – Standards – Improved efficiency」)
これに対して、EPRIは、本報告書で想定するスマートグリッドの一部を構成するプログラムや活動が、1年当たりの電力需要の成長率を0.68%に減らす可能性を持っていると予想する。さらに、ピーク需要に関しては、1年当たり0.53%の成長率にとどまると予想している(EPRI 1016987)。本報告書では、コスト予測において、1%ではなく、これらの電力需要成長率を使用する

• スマートグリッドの種々の機能は同時に展開されると仮定する

• 2010年から20年間、毎年1/20の割合で着実に技術展開されていくと仮定する

- スマートグリッド化に終わりはなく、実用可能になった新技術を取り込みながら有機的に発展し続けると仮定する

- ただし、スマートグリッドへの投資が20年にわたって、コンスタントに国中公平に行われるとは想定していない

以下は、投資コスト予測を行うに当たっての備忘録である:

• 電力需要の増加や信頼性維持のためのPDSへの投資コストは、スマートグリッドへの投資を上回るものと想定している

• 今後20年にわたって、おそらく技術開発コストは減少するが、性能レベルは予期せぬほど劇的に向上すると想定している。本報告書では合理的な予測を行ったが、昨今の技術進化のペースを考えると、控え目な予測となっている可能性がある

• 導入したスマートグリッド技術の運用維持費も適正に考慮する必要がある

• スマートグリッドの進展に呼応して通信ネットワークも進化し、将来、ユビキタスで多目的の通信ネットワークが出現する可能性がある。電力会社は、スマートグリッドで必要となる通信を、自前で用意するかもしれないし、商用の通信業者を使うかもしれないが、どのようなアプローチをとるかによって、コストが著しく異なる。本調査では、通信網の総原価を査定し、そのコストを、スマートグリッドへの適用を含め、様々な分野に配賦した

 困難なスマートグリッドのコスト予測

スマートグリッドは、その性格上、コスト予測が難しい。以下にその理由を列記する:

• 送配電設備に組み込まれたディジタル技術は、現在用いられている送配電装置と故障率や設計寿命が異なっている。そこで、ディジタル回路の故障と、それに起因する送配電装置の置換率がどの程度となるか予想する必要がある

• ディジタル技術は急速に旧式化するので、たとえ設計寿命に達していなくても、ディジタル技術を組み込んだスマートグリッドの構成要素が旧式化して、他のICTシステムと相互運用ができなくなる可能性がある。したがって、そのような場合を想定した取替コストを予想する必要がある

• スマートグリッド技術の改良に必要なコストの減少率は、従来の送配電技術のコストの減少率よりはるかに大きい

• 多くのスマートグリッド技術は比較的新しく、まだ実証されていないので、性能劣化で、当該技術に関するビジネスプランが台無しになる可能性がある

• 技術が成熟し製造ボリュームが増すにしたがって、スマートグリッドの構成要素のコストは急速に減少する可能性がある(Figure 3-1参照)

 技術評価:コスト予測対象と対象外

Table 3-1は、本報告書でコスト分析に含めたものと、含めなかったもののまとめである。例えば、電力需要増に伴う送配電線の延長は、対象外とした。
Figure3-2は、この報告書に含まれるコスト予測の範囲を示したものである。ただし、インフラの統合コストは、スマートグリッドのコスト予測対象としたが、家電器具やハイブリッド車のような、顧客側の投資は対象外とした。

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電力会社で発生する追加費用の1つとして、IEC 61850と呼ばれる変電所の国際通信規格への変更コストがある。
もしIEC 61850準拠が不可欠ならば、電力システムで用いられている配電用SCADAと通信の両方で今利用されているレガシー・システムは、使えなくなる。

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理想的なPDSを作り上げるために今後20年間で必要となる投資規模を推計するため、プロジェクト・チームは、送電、配電および顧客関連のコストを個別に取り扱うことにした。これらの間の相互作用は考慮していないので注意のこと。

 老朽化したインフラの近代化

電力事業経営を行う上で、需要増大(Load Growth)への対応や、信頼性を維持する(Maintain reliability)ための投資は必要不可欠であり、当然ながら、将来のPDS(Power Delivery System of the Future)への投資と並行して行われるべきものである。
Figure 3-3は、将来のPDSを構築するために、これらの3つのコスト要素がどのように関わっているかを示している。

本調査においては、将来のPDSを構築するための真のコストを解明するため、電力需要増に係る支出、老朽化対策費などの運用維持費を分けて考えている。

 

第4章:スマートグリッド(将来のPDS)がもたらす便益

 以前の調査

EPRIでは、以前にもスマートグリッドのもたらす便益のいくつかを予測する調査を実施している。

しかし、スマートグリッドへのアプローチや、調査対象の属性が同じではなく、
どれも、スマートグリッドを最大限機能させた場合(fully functional Smart Grid)可能となる包括的で正確な便益を予測したものにはなっていない。

2004年、EPRIは、将来のPDSのコストおよび価値(便益)の基礎調査に着手した。

その中で、電力システムの属性として、エネルギー・コスト、キャパシティー、セキュリティ、電力品質、信頼性、環境、安全性、QOL、生産性を洗い出した。
次に、一定量(%)これらの属性を改善した場合の価値(ドル換算)を定量的に予測するフレームワークを開発した。
各属性の評価には、既存の文書化されたデータソースを用いている。
データの出所は、米国エネルギー情報局、米国エネルギー(DOE)省のPOEMS( Policy Office Electricity Modeling System)、連邦エネルギー規制委員会(FERC)の送電制約調査(Electric Transmission Constraint Study)、米国労働省の労働統計局その他である。

 属性

Table4-1は、基礎調査で洗い出した各々の属性に対応して、どのような点で改善(便益)が期待できるかをまとめたものである。

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PDSの価値評価を行う上で、消費者が気づく改善点(Table4-1の右側)ばかりでなく、PDS側の改善点(Table4-1の左側)も考慮することが重要である。
これらの様々な属性の改善で得られる便益の程度を計るため、プロジェクト・チームは様々な便益計算ツールを開発した。Figure4-1は、その便益計算ツール、属性と、将来のPDS全体の価値の関係を示したものである。

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Table4-2に、2004年に公開した基礎調査での便益計算のまとめを示す。

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Table4-3は、2004年時点の評価をまとめると同時に、GDPの連鎖を利用して、2010年での正味現在価値を割り出したものである。

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一方、Table4-4には、基礎調査に含まれなかった主な属性と、その便益を一覧にした。これらの属性は、スマートグリッドとして、それまでのPDSの将来像から変化した部分である。

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出力変動の激しい種々の再生可能資源の増加は、電力供給の予測を難しくし、PHEV(プラグイン・ハイブリッド車)、分散太陽光発電、電力貯蔵装置等の出現で電力需要の予測も難しくなる中で、将来のPDSのコストと便益を評価するための属性として、デマンドレスポンス、PHEV、AMI、分散型電源、電力貯蔵装置等が無視できなくなった。
EPRIは、調査報告書:EPRI 1020342において、DOEと共同で開発したフレームワークに基づいて、これらのスマートグリッドの属性のほとんどの便益推定を行っている。Table4-5は、その結果をまとめたものである。

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そこでは、2010年~2030年間のスマートグリッドのもたらす便益合計は1兆2940億ドル~2兆280億ドルと推測されている。
EPRIは、スマートグリッドの属性および便益がすべて洗い出されれば、便益合計の予測額は更に増加すると見ている。

以上、今回は、EPRIが将来の電力配送システム(=スマートグリッド)の導入効果(費用および便益)をどのように予測したのか、その手法/考え方をご紹介しました。
よくテレビや新聞紙で『xxの経済効果はxx兆円』というような数字を見かけますが、未来予測には誤差がつきものです。
どのような予測モデルで、どのような前提を置き(何をコスト・便益予測対象とし、何を無視したか)、予測値の根拠となったデータは何に依ったかを確認した上で結果の数値を見ないと、「数字が独り歩きする」結果になってしまいます。まして、米国の送配電システムの現状、需要家の現状からスマートグリッドに移行するためのコスト・便益の数字をもって、普遍的なスマートグリッド導入の費用対効果と考えるのは非常に危険です。

5章以降でのベースとなる数字の出所と背景を確かめ、日米の差異を考慮した上で、日本でのスマートグリッド導入の費用対効果はどうなのか検討する必要があると思います。

終わり