The slopes of Lose Hill

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トランザクティブエネルギー(Transactive Energy:TE)に関して、OpenADRアライアンス会員企業のQualityLogic社が作成したレポート『Transactive Control and OpenADR Roles and Relationships』をご紹介してきましたが、今回は、最後の部分をご紹介します。

では、はじめますが、例によって、全訳ではないこと、本人の思い入れが混じった(文字色が緑の部分)超訳になっていることはお含みおきください。

トランザクティブコントロールとOpenADRの役割と関連 (最終回)

9.結論

本レポートが意図しているのは、ここで議論した他の標準が、どういった面でトランザクティブコントロール(TC)と機能的にオーバーラップしているのか、また、どういった面でTCと補完関係にあるのかを明らかにすることである。8章サマリの結果を見ると、TCはエネルギーインターオペレーション(EI)およびOpenADR2.0との関係が深いように見えるので、この2つに限って、もう一段深く、TCと比較検討してみよう。
これらの標準は、スケジュールやエネルギー商品の定義、取引相手との通信処理に関して、ビジネス・コンテキスト上の矛盾は見当たらない。そこで、標準を適用した事例での比較を行うため、TCのリファレンス実装として、PNW-SGDP(米国太平洋岸北西部スマートグリッド実証プロジェクト)の特徴を列挙してみよう:

• TCの対象ドメインは、卸売取引から一般家屋内のホームエリアネットワークに至るまで、スマートグリッドの広い範囲をカバーしている

• TCのノードのネットワーク構成は、送配電のネットワーク構造に基づいている

• TCでは相互運用の仕組みの中で、様々なレガシーシステムとの接続が想定されている

• TCでは、各ノードで将来の一連の時間間隔に関するエネルギー調達コスト(TIS)と予測電力潮流(TFS)の計算を可能とするアプリケーションロジックのフレームワーク(道具立て)を用意している

• TCのノードは、周期的に一連の時間間隔に関するエネルギー調達コスト(TIS)と予測電力潮流(TFS)を通信する能力を持つ

• TCのノードは、TIS/TFSおよび自ノード内の状態変化に応じて負荷プロファイル/供給プロファイルの変更を促す監視制御シグナル(Advisory Control Signal:ACS)という仕組みと設備モデルを持つ

次表は、これらのTCの特徴と同等の機能がEIあるいはOpenADR2.0に備わっているかどうか検討した結果をまとめたものである。

この表を見る限り、TCの6つの特徴に対して、相反:5、重複:1、補完:1であり、OpenADR2.0とTCにはほとんど共通点はないと言ってよい。すなわち、OpenADR2.0のイベント/レポートサービスを使えば、TCのTIS/TFSの通信を実現できそうだが、それ以外のTCの特徴はカバーできていない。
もう1つ注意しなければならないのは、OpenADR2.0がデマンドレスポンス(及び分散電源制御)という非常に明瞭なユースケースの実現に特化したものであるのに対して、TCでは、もっと一般化されたトランザクティブエネルギーとしてのユースケースを対象としていることである。TCの幅広い運用の中で、OpenADR2.0が利用できそうなものには、以下のようなケースが考えられる:

• TCの監視制御信号ACSに基づいてノード内の設備の負荷プロファイルの変更を促す

• TCのノード内の状態変化をシグナルとして発信する

• TCをレガシーシステムにマイグレーションするための手段として、TIS/TFSメッセージ交換を機能的に再現する

OpenADR2.0と比べると、EIの方がTCと重なる特徴は多い。しかし、それでもTCに含まれるいくつかの機能性をEIで再現するには無理がある。最大の問題は、EIもOpenADR2.0同様アプリケーションロジック・フレームワークを持たない点である。

また、EIは実装を視野に入れた標準ではなく、どちらかと言えば「ツール・ボックス」のようなものに過ぎない。もし、OASISがEIのサービス群のサブセットとして定義したTeMIXプロファイルをベースとしてPNW-SGDPのTCを実装したとすると相当な努力を必要としただろう。

とはいえ、TCの標準化への道程を考えるなら、EIのTeMIXプロファイルを参考にする方が早道であることは間違いがない。それは、OpenADRアライアンスが、OASISが定めたEIのサービス群のサブセットであるOpenADRプロファイルをベースにしてOpenADR 2.0という実装を視野に入れた標準を策定することに成功した事実から見ても明らかである。

結論として、OpenADR2.0もEIも、TCが提供する機能と同等のものすべてを提供できないことが分かった。しかしながら、両方とも、TCの採用を促進する上では、何らかの役に立つとも言うことができる。

付録A:CIMおよびIEC61850

IEC 61850とCIM(IEC 61968/61970)の2つの国際標準は、たびたびデマンドレスポンスにおいてOpenADR2.0と比較されるので、TCとのかかわりについても考えてみよう。

IEC 61850は、元来変電所内で使われる、多数のベンダーが提供するインテリジェントな電子装置(IED:Intelligent Eectronic Device)間の情報交換を標準化し、相互運用を達成するために制定されたものである。しかしながら、この規格で使用されている概念は、総括的で、電力産業の他の領域にも十分摘要できる。したがって、本規格は電力系統の運用管理におけるグローバルな通信基盤になる可能性を持っている。
本規格は3層の階層構造を形成しており、 最上位のIEC61850-7-3/7-4は、変電所の装置の情報モデルの規定で、回路遮断機や計器用変圧器のような主要機器のモデルの他、保護や計量のような他の機能のための情報モデルを含んでいる。 中間層のIEC61850-7-2は、どのような通信プロトコルからも独立した抽象的な形式で、情報交換と、それに関連した通信サービスが規定しており、アブストラクト通信サービスインタフェース(ACSI)と呼ばれる。 最下層のIEC61850-8-x/9-xは、IEC61850-7-2のサービスを利用して、IEC61850-7-3および-7-4で指定された情報を送信するための、特定通信サービスへのマッピングを規定している。例えば、IEC61850-8-1では、変電所内の装置を実際に監視制御するためのメッセージ交換を規定するMMS(Manufacturing Message Specification)規格(ISO9506-1、ISO9506-2)へのマッピングが規定されている。
変電所はTCのノードの1つであり、そのノード内の設備の制御にIEC 68150のデータオブジェクトとサービスが利用できるということで、IEC61850はTCの特徴をカバーしていることがわかる。

IEC 61968と61970は、いわゆる電力系統の共通情報モデル(Common Information Model:CIM)を規定する標準である。最近のスマートグリッド関連標準では、データ定義において可能な限りCIMオブジェクトの利用が意識されており、OpenADR2.0や、そのベースとなったEI標準策定時もCIMのデータ定義を参照している。ただし、OpenADR2.0もEIも完全にCIMと整合性を保っている訳ではなく、IECでは、CIMとIEC61850、更にはOpenADR2.0との調和に向けた努力が続けられている。

TCの特徴との比較に戻ると、IEC 61850およびCIMどちらの標準も、直接の関係はない。

 

付録B:参考文献

以下に、本レポート作成において参照した資料を示す。

GridWise Transactive Control Framework

• OASIS WS-Calendar

OASIS Energy Market Information Exchange (EMIX)

OASIS Energy Interoperation

• OASIS Transactional Energy Market Information Exchange

• OpenADR Alliance OpenADR 2.0 B Profile

• PNW-SGDP OASIS Conceptual Design

• DR 2.0 – A Future of Customer Response by Paul De Martini

• QualityLogic Transactive Control and OpenADR Mapping Investigation

• QualityLogic What is Transactive Control

• Standardization of a Hierarchical Transitive Control System

• IEC 61850 – Power Utility Automation

• IEC 61970 – Common Information Model

以上、QualityLogic社が作成したレポート『Transactive Control and OpenADR Roles and Relationships』をご紹介しました。

最初に流し読みした際は気づかなかったのですが、ブログとして紹介してみて、新たな発見がありました。

• EIの仕様書には目を通したにもかかわらず、DRに関連しないTeMIXプロトコルの存在を忘れていたので、TeMIXとOASIS標準のEMIXが関連し、更にそれがTCと関連しているのだと認識できたことが1つ、

• 同じく、OpenADR2.0も、とかくDRのための通信仕様と捉えがちですが、改めて仕様書の「はじめに(「FOREWORD」の最後のセンテンス)を確認すると、「OpenADR 2.0 defines profiles for DR and Distributed Energy Resources (DER), while keeping in mind the requirements of the diverse market and stakeholder needs.」となっており、OpenADR2.0がTCにおける需要/供給どちらのノード内のACS(Advisory Control Signal:監視制御信号)通信の実装にも利用できることを確認しました。

逆に、本レポートの結論で述べられている通り、TCとOpenADR2.0は、そこ以外は直接深いかかわりを持っていませんが、トランザクティブエネルギー(TE)を実現する上では、車の両輪のような関係にあり、どちらがなくてもTEの進展はないということかと思います。

また、TCだけを見ると、これで供給信頼性がうまく確保できるのかと不安になりますが、TEという、従来の電力供給のビジネスモデルに対して、米国では、エネルギー省もまきこんで将来の電力供給ビジネスの仕組みを模索している中で、すでにある種の成功モデルとしてTCやOpenADR2.0が出てきている-というのが、TEに対する正しい捉え方ではないかと思います。

系統の供給信頼性を確保し、TEを盤石なものとするために、OpenADR2.0、TCに加えて、もう1つ新たな軸となる技術/標準がこれから出現するのか、それとも、将来は各需要家にも蓄電池が配備されるので、「供給信頼性の確保」自体が古い価値観になってしまうのか、その意味では蓄電池技術の発達が電力ビジネスを根底から覆すのかもしれません。
蓄電池をプロパンガスに、電力の利用をプロパンガスの利用に置き換えて考えてみると、「同時同量」、「瞬断」とか、「周波数変動」や「逆潮流」とか、これまで系統御信頼性確保・電力品質確保に汲々としてきた原因は、現在の電力供給ビジネスの仕組みにあることが分かります。

PVの他に、定置型バッテリーと、大容量バッテリーを搭載した電気自動車からのV2Hを含めたZEB/ZEHを基本とし、足りなければ、例えばCEMSレベルで地域ごとに電力小売市場ができて、TCベースの電力融通が実現できれば、「送電系統の供給信頼性」というのは、もはや重要な問題ではなくなる可能性もあるからです。

すこしばかり、遠い将来に目を向けすぎましたが、現実に話を戻すと、日本でも、「OpenADRを電力会社/DRアグリゲータ間の標準プロトコルとして導入したからこれで大丈夫」というのではなく、卸電力取引市場(エネルギー市場だけでなく、容量市場、アンシラリー市場)を整備し、OpenADRによりDR資源だけでなく分散電源(DER)も自動制御できる小売電力市場の整備やプライスレスポンシブデマンド(PRD)の実証実験を行うなど、この先数年の電力供給をどうするのかに向けて、次の一手を先取りしていくことが大切ではないかと思います。

更に、将来に向けて、電力ビジネスの仕組みをどうするのか、少なくとも、「時期尚早である」として米国のTEのアプローチを無視するのではなく、今後も、米国でのTEに関する活動状況をウォッチしていく必要があると感じています。

 

なお、このトランザクティブエネルギーのブログシリーズでご紹介してきたQualityLogic 社のレポート「Transactive Control and OpenADR Roles and Relationships」をブログで紹介したものをまとめて「インターテックリサーチ レポートNo.33」として公開しました。ここからダウンロードして頂けます。

終わり