Sunshine and sheep, Murton Pike

© Copyright Karl and Ali and licensed for reuse under this Creative Commons Licence.

 

はじめに

2013年4月、「電力システム改革に関する改革方針」が閣議決定され、①広域系統運用の拡大、②小売及び発電の全面自由化、③法的分離の方式による送配電部門の中立性の一層の確保という3段階からなる改革の全体像が示された(図.1参照)。その第2段階である小売全面自由化が2016年に開始され、日本の電力自由化も最終フェーズに入っている。 今回は、日本における電力自由化の流れを振返り、現状認識するとともに、電力ビジネスの変容についても概観し、日本での電力自由化を成功裏に終わらせるためにはどのような技術的課題があるか検討する。

1.電力自由化

1995年の電気事業法改正で、日本の電力自由化が始まった。まず発電部門の規制が緩和され、IPP(独立系発電事業者)の卸電力入札が認められたのである。2000年には、「特別高圧」の電力料金が自由化され、それまでの電力会社(一般電気事業者)の他にPPS(特定電気事業者)の小売市場参入が可能となった。2003年に電力の一日前市場/当日市場を運営するJEPX(日本卸電力取引所)、2004年には連系線を経由した地域間の送電調整を行なうESCJ(電力系統利用協議会)が設立されたが、昨年4月に、ESCJの役割を継承するとともに、更に広域的需給調整を可能とするべく、OCCTO(電力広域的運営推進機関)が設立されている。また、電力小売部門は、2000年以降も段階的に自由化範囲が拡大され、2016年4月、ついに小売全面自由化が実現した。

出所:平成26年10月、経済産業省「電力システム改革の概要」
図.1 日本の電力自由化工程表

ただし、これで「電力自由化」が完了した訳ではない。かつて一般電気事業者10社と少数のPPSしかいなかった小売電気事業者数は、平成28年12月12日現在、様々な業界からの新規参入を得て372社となり、所謂「新電力」会社がひしめいている。JEPXは2016年4月から新たにザラバ仕法の1時間前市場取引も開始した。

ところが、一歩踏み込んで現状を調べると、全新電力を合わせた電力供給量は日本全体の8.0%(平成28年8月分電力需給速報)でしかなく、JEPXの電力取引量も、海外電力取引市場での取引量と比べると非常に少ない。容量市場、リアルタイム市場の創設に向けては、まだ検討中の段階である。すなわち、日本の電力自由化を成功裏に終えるためには、これからが正念場と言える。

2.電力ビジネスの変容

ところで、現在、世界各国で電力ビジネスの変容が起きている。その原因として、技術進歩に伴う電源の多様化と、系統運用の変貌があげられる。関連した政府の制度設計の影響も見過ごせない。これらは、電力自由化の目標達成にも大きくかかわるものなので、この節では、電力ビジネスがどのように変容してきたかについて確認する。

これまでの電力ビジネスは、大規模発電所で大量生産した電気という単一商品を、送配電線を経由して需要家に送り届ける、生産から販売までを一気通貫でやり通す垂直統合型のビジネスモデルであった。大規模発電の主役は水力発電から火力発電、更には原子力発電へと変遷してきたが、それと並行して、地産地消を目指す分散型電源も出現してきた。自家発と呼ばれる小規模ディーゼル発電機のようなものからコージェネ、燃料電池、そして、再生可能エネルギー(風力発電や太陽光発電)をベースとした電源が、環境対策から積極的に導入されるようになった。2003年、電力会社に一定量の再生可能エネルギーの活用を義務づけるRPS制度、2009年には、住宅用太陽光発電の余剰買取制度が制定され、更に、2012年、再生可能エネルギー特別措置法(固定価格買取制度:FIT)が制定されると、再生可能エネルギー、特に太陽光発電の導入が飛躍的に拡大した。

出所:2016年度版再生可能エネルギー固定価格買取制度ガイドブック
図.2 再生可能エネルギー設備容量の推移

ところが、初年度に設定された破格の太陽光発電固定買取価格(42円/kWh)は、太陽光発電を儲かるビジネスと捉えたプレーヤーの参入を許し(これは電力自由化が招いた悪い面でもある)、政府の制度設計時の予想を上回る太陽光発電所の系統接続申込みが殺到。その結果、送電網の容量オーバー問題が表面化した。系統への悪影響が懸念される場合には出力抑制を行なうことを条件に系統接続申請受理が再開されたが、これを契機に、出力抑制回避のための方策として、系統接続する大型蓄電池や、需要家側で個別に利用されていた蓄電池を群制御して再生可能エネルギーの過剰出力を吸収するための実証実験が行われている。また、固定買取に必要な費用は電気料金と同時に賦課金として広く国民から回収する仕組みであるため、予想以上のスピードでの太陽光発電増加に対して、高額買取を続行する場合の国民負担の増大も懸念されていたので、FIT制度自身について見直しが行われ、2017年4月から事業用太陽光発電に偏らず、コスト効率的な再エネ導入促進に資するとともに、国民負担の抑制も考慮された改正FIT法が施行される。

以上、電源に関する進展と関連制度から電力ビジネスの変容と、新たに出てきた技術的課題(下線を付けた部分)を確認したが、次に、系統運用面からの電力ビジネスの変容を見てみよう。

これまでの系統運用は、例えて言うと、川上のダムの放水量さえコントロールしておけば、川下の消費地に適量の水(電力)を届けることができるという、一方向の流れの制御を考えれば事足りていた。ところが、川の途中や川下に再生可能エネルギーという天候任せで制御の効かないものが流入し、そのまま放置するとあちこちで氾濫しかねない状況となってきた。

資本主義市場経済の中にあっても、電力ビジネスは、長期需要予測の下、発電所建設に必要な時間を見越して新しい発電所の建設/老朽発電所廃棄計画と系統設備の維持拡張計画を立て、できる限り計画通りに事を運ぶことを良しとする統制経済的な世界で生きてきた。ところが、民間のメガソーラーやウィンドファーム等の再エネ発電所が大量に系統に接続され、その出力変動に対応するための調整電源不足の問題や、下げ代問題(気象条件が良く太陽光発電や風力発電の発電量が増えた時,その増分に相当する火力発電機の出力を絞る必要があるが,各発電機は燃料,方式や機種の違いによって決まる低出力以下に出力を絞ることはできず,需要が少ない休日,夜間などの軽負荷時に出力調整できない事態に陥ること:NEDO 再生可能エネルギー技術白書より)が浮上。これらは、従来の電力供給側のみで需給バランスをとる方式の破綻を意味しており、電力ビジネスは、デマンドレスポンス(DR)に代表されるような、需要家側の協力を得て需給バランスをとる時代に入ってきたことを意味する。

この数年で市民権を得てきた「スマートグリッド」という言葉は、ICTを駆使した新しい系統制御技術と捉えられているが、それは表面的な理解でしかない。ICTを利用して実現しようとしているのは、系統上に分散配置された、様々な特性の電源(DRのような需要側資源を含む)や蓄電池を用いて、従来の川上から川下に向けての一方的な流れの制御ではなく、双方向への流れの制御を実現するところにある。もっと言えば、電力流通の根本的な仕組みを変えようというのがスマートグリッドの本質なのである。

加えて、日本の電力ビジネスの方向性を大きく変容させる出来事があった。2011年3月11日(3.11)に東日本を襲った大震災と、それに伴う東京電力福島第一原子力発電所の事故は、原子力発電の安全性に対する不信を招き、以降定期点検で停止した原発の再稼働を難しくしている。2014年の第4次エネルギー基本計画は、従来の「安定供給」「経済性」「環境」に「安全性」を加えた「3E+S」を基本的視点とし、更に「国際性」「経済成長」を見据えた政策となった。そして、今後の電源ベストミックスのあり方としては、スマートグリッドの整備再生可能エネルギーの導入拡大を見据え、大規模電源と分散型電源とが有機的に連携し、最適なバランスを有するエネルギー供給システムを構築することが重要であるとされている。

2015年6月に閣議決定された『日本再興戦略』改訂2015で、「分散して存在している再生可能エネルギーや蓄電池等と、高度な需要管理手法であるディマンドリスポンス等を統合的に活用することであたかも一つの発電所(仮想発電所:Virtual Power Plant)のように機能させる新たなエネルギーマネジメントシステムを確立する」という政策方針が固まり、2015年12月、産業競争力会議実行実現点検会合で、今後のアクションとして、VPP技術実証を2016年度から5年間の事業として実施することが決まった。

出所:経産省平成28年度経済産業省予算関連事業のPR資料: エネルギー需給構造高度化対策
図.3 バーチャルパワープラント構築事業費補助金

以上、系統運用面からの電力ビジネスの変容と、所謂3.11に起因して新たに出てきた技術的課題(下線を付けた部分)を確認した。

3.電力自由化の技術的課題

「発電・送配電・小売事業を分離し、発電事業および小売事業に新規参入を認め、市場メカニズムを導入して競争原理を働かせることによりコスト削減を図る」というのが電力自由化の目標と考えた場合、その目標達成のための課題は、発電・送配電の分離と、競争原理が機能する真の市場メカニズムの構築である。ところが、容量市場・リアルタイム市場創設に関してはまだ着地点が見えていず、更に、電力自由化を阻む2つの問題が横たわっている。1つは、「市場原理を働かせて電力調達コストを下げる」という電力自由化の目標とは真逆の、「再エネ導入促進のため電力会社に固定価格で再エネ買取義務を課した」統制経済的なFIT法。もう1つは「3.11」に起因する原発再稼働問題で、これらが電力調達コスト削減の実現を妨げている。この2つ問題と電力自由化の目標達成に向けて、どう折り合いをつけるかが最大の課題であるが、ここでは、技術面に絞って今後の課題を検討する。 

容量市場/リアルタイム市場創設における技術的課題

従来は、統制経済的環境下で粛々と長期予備力確保計画を立案・推進していけばよかったが、電力自由化で発送電分離が行われた暁には、発電事業者が目先の収益を優先して将来の供給力確保のための電源開発投資に消極的になる可能性がある。市場メカニズムの下で電源投資を促すには、容量市場を創設して電源に係る投資回収の予見性を高めることが必要である。現在、電力システム改革小委員会 制度設計ワーキンググループで調査・検討・制度設計が進められており、具体的な技術的課題が見えてくるのは、その後になる。

リアルタイム市場は、最終的な需給調整取引を行う市場であり、計画値通り需給バランスがとれない場合、リアルタイム市場での入札を通じて調整することになる。従来の電力会社(一般電気事業者)は、自社保有の調整電源を用いて最終的な需給調整、周波数調整を実施してきたが、電力自由化後は、これまでの一般電気事業者から分離してできた発電事業者以外の発電事業者を含めて系統運用者(これまでの一般電気事業者から分離してできた送配電事業者)から指令を出せるよう、リアルタイム市場取引システムと給電指令を発行するシステムを連動させた仕組みを構築する必要がある。また、連系線をまたいだ調整を行なうためには、OCCTOと、系統運用者のシステム連携が必要である。従来、発電指令には、電力会社ごとに独自のプロトコルが使われていたが、旧電力会社以外の発電事業者にも給電指令を出す必要があること、OCCTO-系統運用者間でも給電指令にあたる指示を出すことを考えると、これまで統一されていなかった給電指令のプロトコルを統一し、標準化する必要があるのではないかと思われる。また、その際、給電指令自体がハッキングされ需給バランシングが乱されないよう、必要な通信速度を確保しつつセキュリティにも対応した、通信インフラの整備が必須である。 

DRの実ビジネス化に向けての課題

古くは1990年代にNEDOでDR相当の実証実験が行われており、最近ではスマートコミュニティの4地域実証の一環で、主にCPP(Critical Peak Pricing)に代表される価格反応型DRの実証が行われてきた。これとは別にインセンティブ型DRの実証もここ数年間実施された。しかし、補助金事業としての実証期間が終了してもDRが実ビジネスとして独り立ちできる状況にあるかどうかに不安が残る。その原因の1つに、電力調達側がDR資源に対して発電機と同等の信頼を寄せていないことがあげられる。そして、価格反応型DRにしても、インセンティブ型DRにしても、これまでの実証実験結果を見ると、安心して電力調達手段として使えないと思うのは当然かもしれない。「ネガワット取引に関するガイドライン」が公開されているものの、電力調達側が安心してDR資源を利用できるようになるためには、DRの信頼性の分析・評価を行ない、インセンティブ型DRやPTR(Peak Time Rebate)で採用するベースライン算定ロジックの妥当性に関する更なる検証など、日本の風土に合った標準ベースライン、代替ベースラインを定めるため、まだ実証実験の必要な部分が残っている気がする。 

再エネ出力抑制回避のための技術的課題

系統接続する大型蓄電池や、需要家側で個別に利用されていた蓄電池を群制御して再生可能エネルギーの過剰出力を吸収するための実証実験として2016年からVPP構築実証が開始されている。

VPPシステムには、発電機の代替として給電指令に呼応して電力供給を行なうだけでなく、系統になだれ込んでくる太陽光発電などの再エネ発電所の電力を吸収し需給バランスをとるための系統用大型蓄電池を代替することも期待されている。まだ実証実験は始まったばかりなので、具体的な技術的課題が見えてくるのは、この後になるが、再エネ出力を最大限利用し、出力抑制量を減らすためには、従来の風力予測/太陽光発電予測モデルをより精緻なものにするだけでなく、膨大な気象用センサー情報をリアルタイムに収集・分析する技術の開発と、それを実現する通信インフラを含むセンサーネットワーク技術開発が重要である。ここでも、セキュリティの確保を大前提として、ビッグデータ、IoT、更に、リアルタイムBI(Business Intelligence)のような利用技術の進展に期待したい。 

 

謹賀新年

 

本ブログをご愛読くださり、ありがとうございます。昨年は忙しさにかまけてブログの更新が滞りがちでしたが、振返ってみると、以下の話題を取り上げてきました。 

  • MISOのDRRとDIR

日本では、米国の系統運用者というと東部のPJM、ISOニューイングランド、NYISOや、西部のCAISO、南部のERCOTが有名ですが、北はカナダのマニトバ州から南はルイジアナ州やテキサス州の一部まで北米大陸を縦断する形で系統運用を行なっている北米最大規模(取扱量ではPJMに次いで2位)の系統運用機関であるMISO(Midcontinent ISO)に関しては、あまり情報がありませんでしたので、一昨年から引き続き(その5~その8)、そこで採用されているDRの仕組みと、DIR(Dispatchable Intermittent Resources)の仕組みに関してご紹介しました。
特に、天候任せの再生可能エネルギー(=Intermittent Resources)を天候任せで終わらせず、最新の発電予測技術とリアルアイム市場を連動させて、従来の発電機同様に発電制御する(=Dispatchable)DIRの仕組みは、まだ日本ではあまり知られていないのではないかと思います。 

  • FERCオーダー745の顛末-その9

FERC(米国エネルギー規制委員会)がDR普及促進の一環として制定した規制(オーダー745)を「各州の規制機関の権限を無視した越権行為であり無効」とした高等裁判所の判断に関してオバマ政権が最高裁に上告したと報じたのが、2015年、当ブログでの新年のご挨拶に次ぐ2番の投稿でしたが、2016年1月、米国最高裁がFERCオーダー745を支持したというニュースをお伝えしました。
DR推進派?のインターテックリサーチとしては、米国におけるDR推進阻害要因となりかねなかった米国高等裁判所のFERCオーダー745無効判決に関して、非常に関心を持って顛末をフォローしてきましたが、昨年、年明け早々のGood Newsでした。 

  • VPPとエネルギーリソースアグリゲーション

このシリーズ(その1~その10)では、VPPの定義を紐解き、日本でのVPPに関連する動きとして、「エネルギーリソースアグリゲーション」についてご紹介しました。また、VPPの源流を遡って調査したところ、米国では、オレゴン州に本拠を置くボンネビル電力局(Bonneville Power Administration:BPA)のEnergyWebにたどり着き、それに携わっていた関係者の流れから、実はEnergyWebがトランザクティブエネルギー(Transactive Energy:TE)にもつながっていることを発見したのは昨年の収穫でした。 

  • ネガワット取引ガイドラインとDRベースライン

ここでは、昨年9月に改訂された経産省の「ネガワット取引に関するガイドライン」について、3回にわたり、どこが改定されたのか?DR資源調達パターンとして記載されている「類型1②」とはどういうものなのか?海外では「類型1②」のDR資源調達パターンに関してどのように考えているのか?を調査してご紹介しました。 

  • トランザクティブエネルギーに関する新たな動き-その2

昨年、本来はTEの調査・ご報告をしたかったのですが、なかなかまとまった時間が取れず、米国NISTが開催するTEチャレンジのフェーズⅠ完了を祝うキャップストーンプログラム開催案内のご紹介だけとなってしまいました。このイベントにはWebからも参加できたので、一応参加したものの、日本時間では真夜中のため、後日、見た内容をまとめようと思いながら、そのままとなっています。

当日の資料の一部をご覧いただいていますが、詳しくは、最後のスライドのコピーにあるように、TEチャレンジのコラボレーションサイトをご覧ください。

また、日本で2017 TE Simulation Challenge Phase Ⅱに参加してみようと思っておられる団体がございましたら、インターテックリサーチとしても何らかの形で参加させていただければ幸いです。

米国調査会社ナビガントリサーチ(Navigant Research)の調査レポート「ブロックチェーン対応の分散エネルギートレーディング」では、P2Pトレーディングの促進要因の分析を行ない、トランザクティブエネルギーをサポートするためにブロックチェーンがなぜ魅力的な選択肢であるのかについて述べられているようです。

今年は、その辺り(ブロックチェーンと連動した仕組み)について、できれば時間をとって調査してみたいのですが、さてどうなるか、あまり期待はしないでください。

以上、昨年の弊ブログの総括と、一部今年度の抱負まがいのことを述べさせていただきました。

なお、冒頭の「はじめに」から「再エネ出力抑制回避のための技術的課題」までの文章は、一般社団法人 情報通信ネットワーク産業協会の機関誌「CIAJ JOURNAL」に投稿させていただいた原稿をベースにして、よくある年頭所感に代えさせていただきました。

終わり