第四次産業革命の影響を検討する上での前提条件

Quarry Bank Mill Textile Museum

Steam boiler, dated 1880.

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前回は、第四次産業革命に関連した日本の取り組みを概観しました。今回は、第四次産業革命が日本のエネルギービジネス(とりわけ電力ビジネス)にどのような影響をもたらすのか検討するにあたっての前提条件を整理しようと思います。 では、はじめます。

4.第四次産業革命の影響を検討する上での前提条件

今から何年後のエネルギービジネスを想定するのか?

「その1」で説明した通り、本ブログシリーズは、筆者が籍を置いているエネルギー総合工学研究所での「第四次産業革命がエネルギービジネスにもたらす影響度調査」に基づいている。

シュワブ氏が「第四次産業革命」の特徴として指摘している技術的、産業構造的、社会構造的、経済構造的、文化構造的局面から具体的に第四次産業革命がエネルギービジネスにどのような影響をもたらす可能性があるのかの仮説を立てるにあたって、

・今から何年後のエネルギービジネスを想定するのか?
・その頃、エネルギービジネスを取り巻く環境がどうなっているのか?

をはっきりさせなければならない。

 「コンピューティング・パワー」の利用からのアナロジー

極端な話をすると、例えば、1日の電力需要を満たす容量の10倍の発電量の太陽光パネルと、自家消費できない太陽光発電の電気を充電することで雨や曇りの日が続いても一か月くらいの電力需要を賄える容量の蓄電池の初期導入コストとランニングコストの合計が、現在の電気代より安くなれば、電気に関する人々の暮らしは、自給自足がベースとなり、その頃には、エネルギービジネスと言えば、太陽光パネルと蓄電池の製造メーカー、修理メーカーと、設置事業者だけになってしまうかも知れない。

個人的にコンピュータを所有することがまだ夢のような世界だった1970年代前半、人々はタイムシェアリグ機能を用いて、「大型コンピュータ」が提供する「コンピューティング・パワー」を時分割で共同利用していた。これは、大規模発電所で発電した電気をみんなで使っている従来の「エレクトリック・パワー」、すなわち「電力」の利用形態に相当するのではないかと考える。

しかし、今や、当時の「大型コンピュータ」の性能をはるかにしのぐパソコンを各個人が保有・利用する時代となり、スーパーコンピューターを用いなければできないようなよほどの高度な用途ではない限り、個人所有しているパソコンの「コンピューティング・パワー」で「自給自足」の生活を我々はすでに行っている。因みに、今現在使っているデスクトップ型WindowsPCでタスクマネージャを立ち上げパフォーマンス・タブを指定してCPU使用率を見ると平均10%程度で、残り90%の「コンピューティング・パワー」は捨ててしまっている。

この「コンピューティング・パワー」の利用形態の変化から、遠い将来の我々のエネルギー利用形態を類推すると、エネルギーの利用形態も、やがては「自給自足」が当然で、「余れば使わなければよい」という形になるのではないかと思われる。
ただ、エネルギーの利用形態がそのような時代がいつ頃来るかわからない。ずいぶん先の話だと、そこに、現在進行形の第四次産業革命の痕跡を見出すことは難しいかもしれない。

そこで、第四次産業革命のエネルギービジネスへの影響を考える上での大前提条件として、シュワブ氏の「第四次産業革命」の著書で、テクノロジーシフトが起きる時期として想定した「2025年」を採用することとする。

日本のエネルギーを巡る環境を激変させる5つの「D」

さて、「今から何年後のエネルギービジネスを想定するのか?」に関しては、「2025年」と定めたが、「その頃、エネルギービジネスを取り巻く環境がどうなっているのか?」を考えなくてはならない。
NPO 法人 国際環境経済研究所のホームページで竹内純子氏が執筆されているものの中に「2050 年のエネルギーを考える思考実験」の記事があり、その中で、日本のエネルギーを巡る環境を激変させる要因として、「五つの D」(下記)が示されていた。

D1:Depopulation(人口減少)
D2:Decentralization(分散化)
D3:Deregulation(自由化)
D4:De-Carbonization(脱炭素化)
D5:Digitalization(デジタル化)

である。

2050年のエネルギー環境想定なので、その中で示されている環境変化をそのまま借用することはできないが、2025年時点でのエネルギービジネス環境の変化を考える上で、参考にさせていただいた。

D1:Depopulation(人口減少)

2025年ごろまでは、日本の総人口は、2050年の総人口推計値ほど顕著な減少がなさそうである。

D2:Decentralization(分散化)

大規模発電所に対して、分散電源や、デマンドレスポンスのような負荷抑制により作り出す、所謂ネガワットも含め、それらを集約して仮想的な大規模発電所(バーチャル発電所:VPP)とするビジネス実証が、現在経産省による実証事業が行われており、2025年にはエネルギービジネスを構成する1つの要素に成長していると思われる。

D3:Deregulation(自由化)

出典:資源エネルギー庁「電力・ガス・熱システム改革について(報告)」

石油、熱供給の自由化はすでに完了しており、現在進行中の電力システム改革を更に詳細にみても、2025年というのは、電力・ガスの自由化も一段落した状況ではないかと考える。

出典:経済産業省「電力システム改革専門委員会報告書」

また、上記の電力システム改革工程表によると、送配電部門の分離だけでなく、リアルタイム市場も創設されて競争的な市場環境が整ってきた状況になっているものと思われる。

そこで、電力のスポット取引ばかりでなく、リアルタイム取引でも、「メリット・オーダー」の市場メカニズム、要するに安いもの順に電力調達が行われるようになり、燃料代のかからない太陽光や風力発電が優先的に調達される結果、大規模火力発電所に取っては厳しい事業環境になりつつある状況が予見される。

D4:De-Carbonization(脱炭素化)

パリ協定で日本政府は日本の温室効果ガス排出削減目標として2013年比で2030年までに26%削減を掲げており、この削減目標をベースとして、電力業界が定めた2030年度0.37kg CO2/kWhのCO2 排出係数目標を達成するためには、様々な再生可能エネルギー導入促進が図られているものと想像する。太陽光や風力発電は、D2の分散型電源であると当時に、脱炭素化電源として導入が進むものと思われる。

D5:Digitalization(デジタル化)

竹内氏の「思考実験」の説明の中では、IoTやAIなどデジタル技術の進展で交通・物流の電動化・自動化などを通じてインフラ間の相互補完性が高まり、すべてのインフラを総合してコミュニティを支えるための最適な配置や運用を目指し、エネルギーのスマート利用が進むことが予想されている。2050年での想定と2025年での想定では進み具合に差はあるものの、同じ方向性でエネルギービジネスの環境変化が起きているものと考える。

以上、今回は、第四次産業革命が日本のエネルギービジネス(とりわけ電力ビジネス)にどのような影響をもたらすのか検討する上での前提条件を整理しました。

先ほど言及した竹内氏が、伊藤 剛氏  (アクセンチュア)、 岡本 浩氏 (東京電力パワーグリッド)、 戸田 直樹氏 (東京電力ホールディングス)と共著で、表紙(下図)にあるように「エネルギー産業の2050年 Utility3.0へのゲームチェンジ」という書籍を先月(2017/9/2)出版されています。

https://www.itrco.jp/images/IR4-4-3.jpg実は、この「エネルギービジネスは第四次産業革命でどう変わるのか?」について、戸田様にご意見を伺おうとコンタクトしたところ、同書をいただき(戸田様、どうもありがとうございました)、このブログシリーズの後半で披露させていただこうとしていたものと内容がかぶってしまっている(もっとしっかり書かれている)ことがわかったのですが、シュワブ氏の第四次産業革命に対する視点(産業構造の変化に加えて、社会構造、経済構造、文化構造や我々の暮らしの変化)から検討したエネルギー産業の2025年の絵姿には、Utility3.0の世界では見落とされている変化もあるかもしれないということで、気を取り直して、本ブログをしたためている次第です。

次回から、いよいよ、第四次産業革命が日本のエネルギービジネスにどのような影響をもたらすのかを考えていきます。

終わり